愛の奥宮殿へ

chapter 3
〜兄・来訪〜
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「メンフィス!!メンフィス!」
「・・! どうしたキャロル?」
今しがた兄を部屋に送りに行ったはずの妃が息を切らして走り戻ってくる。
(兄たちをほうってきたのか・・)
迷わず自分の胸に満面の笑顔で飛び込んできたキャロルを抱きとめ、まんざらでもない様子で小さな顎をもちあげた。
「なんだ?どうした?そんなに嬉しそうな顔をして・・」
「メンフィス、馬を貸して!!」
「!」
「兄さんたちにテーベの都を案内したいの!ね、お願い。一人で行かないから。いくらでも護衛をつけてくれてもいいから。」
「なんっ・・・!」
「大丈夫よ。二人とも乗馬はできるの。わたし、兄さんにはアメリカの牧場で何度ものせてもらってるし。ねぇ、いいでしょう?」
「ば!!ばかなことを申すでないっ!!」
瞬時に秀麗な眉が跳ね上がる
(『乗せてもらって』だと??!!・・よ・・・よくないにきまっておろうがっっ!!)
困ったことにキャロルは、今何がメンフィスの癇に障ったのが全く気づきもしていない。
「馬鹿なじゃないわ!だからちゃんと護衛もつけてってお願いしているのに!!危ないことは絶対にしないわ。近くだけよ。遠くまでは決して行かないから・・・すぐ帰ってくるから!」
「違う!」
「なにが違うのよ」
「頼み方がまちがっているであろうが!」
「え?」
「馬を『貸せ』ではなく、わたしに『連れていってくれ』であろう」
「えっ!」
「えええぇ―――っっ! メ、メンフィスが兄さんと一緒にっ!!!」
叫んでから、はた・・っと口を押さえる
(きゃ〜〜〜っっ し、しまった!思わず!!や、やば・・・・っっ)
案の定、眉根を跳ね上げてメンフィスが怒鳴った。
「わたしが行ったらなんだというのだ!そなた、このわたしの前では都合の悪いことでもあるというのかっっ!!まさか・・・そなた あの兄とよからぬことを・・・!!!!」
「・・・そ、そんなこと全然ないわよ!やだ!怒らないでっっ!!」
うろたえるキャロルの首根っこを捕まえるメンフィス
「そなたはわたしの妃ぞ!何度言ったらわかるのだ!!」
「わっ」
「・・・・まったく・・・そなたというやつはっ!!」
「きゃぁっ!!」
ぐいっと逃げ出せぬよう両足を捕らえ軽々と抱き上げると、額が触れ合うほどに顔を寄せて妃の瞳を覗き込んだ。
もう蛇ににらまれたカエル・・・・・・。
キャロルは眼をそらすことも動くこともできない。
「今一度聞く。どうして欲しいのだ?」
「な・・!!・・だ・・だから・・・・・・テーベの街へ・・ただ兄を案内したいだけよ。それ以外何にもないってばーっっ!!」
「それで?」
「だって・・・・そんな・・・・メンフィス、ファラオの貴方が自ら案内に行くだなんて大げさよ。今だって国事でものすごく忙しいのに・・・・・・・・それに・・・」
「――それに・・・・・・・・・・なんだ?」
われながら陳腐な言い訳をならべてしまった・・。
ぐ・・と喉を詰まらせ、しぶしぶ消えいりそうな小さな声で本音をつげる。
「・・・だって・・・・メンフィス、兄さんが嫌いなんでしょう?・・・・・・正直・・・・これ以上・・・兄と喧嘩して欲しくないんだもの・・・・・・・・」
(顔をつきあわせているだけで 最悪なんだから・・・・い、一緒にだなんて・・・)
じぃっと見据えられ、口答えを許さぬ雰囲気のまま、剣呑な視線で包まれる。
黒曜石の瞳はキャロルのサファイアの瞳を非難げににらみつけていた。
「このっっ!!!!」
「・・・っ!」
圧倒されて口篭もるキャロルの唇をそのまま奪う。
抱きあげている腕が痛いほどギリギリとキャロルの体に食い込む。
「・・・他の誰にもそなたを触れさせたくないのに・・・」
「―――そなたは・・・・わたしだけのものなのに・・・!!」
・・・まるで駄々っ子のように、キャロルを抱きしめ離さない。
「メンフィス・・・」
「なのにそなたときたら・・・・・『兄だ、兄だ、』とわたしを逆なでしおって・・・っっ!!許さぬぞ・・・・キャロル!」
「メンフィスったら・・・・そんな」
「だまれ!」
再び激しく重なりおちてくる唇・・・
宙にういたままのキャロルは瞳を閉じ、それを素直に受け取ることにした。
メンフィスの気持ちは痛いほどだ。
誰より愛しているから・・・誰にもさわらせたくない
たとえ・・実の兄でも・・・
(―――兄妹婚のまかり通る古代だから、メンフィスにとってそれが一番の問題になっているのだが・・)
苛立つメンフィスの激しい思い・・・
キャロルにだってわかってはいるのだ。
兄に甘えれば・・・メンフィスが嫉妬に狂うことくらい・・・
でも、どういえばいいというの?
自分の中の家族への思いとメンフィスへの愛が全く違うものだということを。
どんなに説明したところで、メンフィスは絶対に理解を示さないだろう。
・・・・聞く耳を持たないほど・・それほどの独占欲で・・・わたしの全てを愛してくれているのだから・・・
その激しい彼の思いを体全身で受け止める。
力強い腕に抱きしめられていると、胸のどこからかわきあがってくる・・ただひたすらに愛される幸せ・・・
言葉にはできない・・・
貴方へのわたしの心・・どうやったらわかってくれるの?
・・・・・貴方だけなの・・・・ かけがえのない わたしの愛しい人は・・
甘い柔らかな唇は、自然とみずからメンフィスのそれをそっとなんどもついばんだ。
優しく甘くつつみこむように・・・言い表せない思いを伝えるように・・・
ゆっくりとキャロルは自分の指先を伸ばし、メンフィスの頬にあて、なだめるようにそっと添えた。
細い指先がメンフィスの端正な頬の輪郭をなぞってゆく・・・
そんなキャロルの両手に包まれて・・ようやくメンフィスの荒ぶる気持ちも何とか収まっていく。
「愛している・・」
「ええ。」
「そなただけだ・・・わたしには・・」
「わたしもよ・・・・」
キャロルの瞳にうかぶ華のような笑顔・・・
「大好きよ。メンフィス・・」
「・・・・それだけか?」
「あなたが一番大切・・」
「・・・他には?」
「わたしも貴方だけ・・ほんとうよ」
「・・・・・・」
「兄さんよりも・・・誰よりも・・」
「・・・・・・・・・」
「世界中の誰より愛しい人・・」
「・・・・・」
「愛しているわ・・・メンフィス・・貴方はわたしの命そのものよ。」
「それは・・・・・誠か?」
「・・・こんなにいわせておいて・・・・・・・・疑い深いのね・・」
「・・あたりまえだ」
憮然とした表情でメンフィスににらまれ、キャロルは口を尖らせた
「そう思わせるようなことばかりするそなたが悪い」
「だって・・・・・それは・・」
兄の名を繰り返しそうになりかけて、言葉を飲み込む
メンフィスの首筋に顔を埋めてキャロルは甘えた
こんな風に甘えられるのは・・・全てを預けられるのはメンフィスだけなのだ・・・
兄ではなく・・・この雄雄しい古代のファラオだけ・・・
小鳥が触れてくるようなくすぐったい感触
頬に・・首筋に・・・・金の髪がすりよせられる
体の芯から熱くいとしさが突き上げてきて、引き込まれるようにメンフィスは金の糸の波打つその頭にくちづけた。
鼻孔をくすぐる、やわらかな花の香り
思い通りにならない・・愛しい金色の小鳥
目を離せば、すぐに大空に飛び立っていってしまう神の小鳥・・・・・
恐る恐る・・・そなたは瞳をあげてくる
・・・・性懲りもなく、わたしを困らせるのであろう?
わたしに文句を言われることを承知で・・・またねだるのであろう?
今にも天上に帰ってしまうのではないかと震え恐れる我が心を・・・そなたは知りもせず
無邪気に残酷なことを言う・・
それでもなお・・・いとおしくて
そなたの笑顔が見たくて・・・
キャロルは意を決した風に瞳をあげ、上目遣いに・・・もう一度メンフィスに甘えて口を開いた。
「・・・別れを惜しむぐらいは許してくれる?」
「別れ・・・だと?」
「・・・・・明日・・きっと・・・兄さんたちはもとの世界に戻ってしまうと思うの。」
「―――!」
「・・・・・・そうしたら・・・わたし・・本当に・・・もう二度と家族と会えなくなる・・」
「・・だから・・・だからね・・・・わたしはこんなに幸せなんだ・・って、このエジプトはこんなに素敵なところなんだって・・・伝えておきたいの・・。」
「あなたといて・・本当に幸せなんだって・・・・・・」
「・・・・・・・・・心から・・・・わかっておいてもらいたいの・・・・・・・・わたしは・・・・もう2度ともとの世界には帰らない・・一生この古代エジプトに・・・・・・あなたの側で生きていくんだってことを・・・・・伝えておきたいの・・・・。」
「あなたと出会ってから・・・・・・・今まで何一つ、それを家族に伝えることが出来なかったんですもの・・・・・。」
しばらくじっとメンフィスはキャロルを見つめた。
少し潤んだ青い瞳を覗き込み、溜息混じりにかるく額にキスをする。
(・・・・二度と故郷へ帰らない・・・・)
(それは・・・・・・二度と・・・わたしの側から離れない・・・・と・・・・・・)
青空の向こうから、小さな羽根を羽ばたかせて必死にこちらに舞い戻ってくる金の小鳥が見える・・・
(・・・・・・我が腕の中こそが・・そなたの帰る場所・・・・・・)
やわらかな体がメンフィスの体をくすぐるように寄り添い甘えてくる・・・。
「・・・・・・・・ならば・・・・・・よけいにそなただけには任せられぬ。」
「え?」
「そなたの母女神に変な報告をされてはたまらぬ。わたしが直々に我が治世のゆるぎなき事、あの兄どもにみせつけようぞ。」
「それに・・どれほどわたしがそなたを愛しているかもな・・・」
「!!」
不意打ちのように桜色の唇を奪う。
そしてキャロルを抱きかかえたまま、部屋を出て回廊を進みでた。
黒髪がキャロルの視界に舞う
砂漠の風が南風となってテーベをなぶっていく。
その風にまじって、愛する人の声がキャロルの耳元をかすめた。
「兄どもも・・そなたにかかっては・・苦労したことであろうな」
「!」
どこか優しげな・・メンフィスの声・・
「・・・・・・・・・・そなたの幼い頃をわたしはしらぬ・・・・・・・そなたの生まれた世界の話でも・・・・聞くとしようか」
「・・・・・・・メンフィス・・・!!」
それは、ぽつり・・ぽつりと、いつもより途切れがちに聞こえた言葉・・・
歩みを進めながら、控えめにつむぎだされたその言葉にキャロルは目を見張った。
(メンフィス・・・!!)
ぱぁ・・っと嬉しそうにメンフィスを見上げる。
それに気づき、ばつが悪そうにメンフィスはふいっ・・と横を向いた。
「聞くだけだ。・・・なにも仲良くするわけではない」
「ええ。わかってる。」
「!!なんだ・・にやにやと」
「ううん。なにも。なんでもないったら。」
そういいながら、キャロルの顔はやはり笑っている。
苦虫をかみ締めたようなメンフィスの表情。
ほんの少しでも心を傾けてくれたことがとてもうれしい・・・
「ありがとう。メンフィス。」
「ふんっ」
細く華奢な腕をメンフィスの首に回し、キャロルは流れる黒髪をぎゅっと抱きしめた。
頬が擦れ合う。
メンフィスは一瞬ぞくりとその柔らかくすべらかな肌の感触に陶酔した。
小さくファラオの口元が苦笑する――――
「馬をひけぃっっ!!・・・・それから・・・・・・我が義兄上たちを呼んでまいれ!!!遠駆けにまいるぞ!」
