愛の奥宮殿へ                   

chapter 3


〜兄・来訪〜





M 「ええぇいっっ!! いいかげんに降参せよ!」
R 「それはこっちの台詞だ!!」
M 「このっ!!」
R 「くっっ!!!」


(〜〜〜こやつがキャロルの兄・・・・!!!私の知らないキャロルを知っている!そしてこやつ、なによりキャロルを愛している・・・まぎれもなく・・・兄として・・以上にだ!!!!)

ぎりぎりと互いに牙を剥き合う真剣勝負
腕に伝わるライアンの腕力が更にメンフィスを荒れ狂わせていた。
そしてそれに輪をかけて、過去から彼の心の奥底を蝕んでいた不安や恐れが砂嵐のように舞い上がり、メンフィスを襲う


――――――眩しいほどのキャロルのあの笑顔
見たこともないほど安心してあまえきる純粋無垢の子供のようなキャロル・・・


自分の手を振り切って駆けていった後ろ姿は幾度も繰り返しメンフィスの心を凍りつかせた。
それを当然のように抱きしめたこのにっくき男
その全ては自分だけのものだというのに・・

(兄だと!この視線のどこが兄だというのか!)


同じ男としてのまなざし・・・愛する者を抱きしめ慈しむ両腕・・


自分がどれほどの時を費やしてその笑顔を手に入れたか―――
―――なのにこの男は、いともあっさりとその全てを・・いや、それ以上のものを奪い去ってゆく!!!

ぎり・・・と組まれた指が、食い込むほどに更に握りこまれた。

(渡しはせぬ!!キャロルは・・誰にもっっ!!!)


しかし意外にも、この男、―――手強い。
一瞬傾きかけた腕を、又ももちかえして五分にする。
思わずメンフィスは舌打ちした。
額からじわりと汗がつたう・・

(くそっ・・なんとしぶとい・・・っっ!!)




対するライアンも、内心の焦りは尋常ではなかった。
(なんてやつだ!! この僕にここまで張り合うとは!!!)
震える右腕に更なる力を込めれば、即座に負けじと食ってかかってくる。

(ファラオだと!古代の王だと!!
・・・キャロルを・・・僕のかわいいキャロルをこいつは!!!!き・・・『妃』に・・・だとぉっっ!!!!)


《ライアン兄さん、わたし・・・・・この人と結婚したの。》


―――たとえようもないほど嬉しそうな笑みをこぼしたキャロルがいた。

いつも僕の側からくっついて離れない幼かったキャロルが、黄金の髪をなびかせた美貌の王妃となって眩しいほど輝き目の前に立っている・・・

頬を染め、そのちいさな細い腕をからめているのは、自分の全く知らない眼光ただならぬ若い青年。
自分の知らない間に・・大切なものが奪われてゆく・・・
確かにこの手の中にあったはずなのに・・気がつけば大切な妹は既に手の届かないところまで自ら飛び立ち巣立っていってしまったのだ。

そして、昔と同じ日々はもう二度と帰っては来ないのだと言う事も・・・・

もう、そのどこに打ち付けようもないくやしさ(?)だけが今のライアンの原動力だった。
いきなり突きつけられた愛しい者との決別は怒りへとシフトされ、それを、その全ての原因である前方の男に叩きつけている状態だ。



《キャロルがかわいいなら認めてやりなよ・・》


――――そんなことは言われなくても・・・・・・っっ!!!!。
ああ・・分かっているともっ!!!
―――でも―――どうしても、どうしても今は許せないんだっっ!!!


ぎりりと食いしばる歯軋りがどこまでも響いていきそうだ。

どうしても譲れない対決に更に拍車がかかったその時だった。
突如二人の耳に信じられない声が飛び込んできた。



「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっ!!!!!」



「!!っ キャロル?!」 「キャロルっ!!!」


突然、遠くからキャロルの絹を引き裂くかのような悲鳴がした!!!
はっと目を見張るメンフィスとライアン
先ほどまですぐそばにいたはずのキャロルの姿がない!

「どうしたっっ!!!キャロル!!」
「キャロル?!」
「ど、どこだっ!」

互いに正面に気をとられていたせいで、二人とも不覚にもキャロルが側からいなくなっていたことに全く気づいていなかった。
ガタッと血の気がひいたまま、その叫び声の聞こえた方向に同時に猛然と走り出す。


「きゃ〜〜〜〜〜っっっっっ!!!!!!」


尚も、悲痛な叫びが奥宮殿の遠くから響き渡る!

「キャロルーーーーーっっ!!!!!!」
「どこだっっ どこにいる!!!」
「であえっ!!!であえーーーーーーー!!!!」

どうやらメンフィスの宮殿の方角からのようだ。
キャロルの奥宮殿とメンフィスの宮殿とは、長い渡り廊下が池をへだてて一直線につながっている。

「ええいっっ!!!」

現在位置から一段下の階にあるその渡り廊下へ、例のごとくメンフィスは近道をして、かなりの高さから飛び降りる。
ライアンもそれに遅れじと見事なジャンプをみせた。
ナイルにそった一直線の渡り廊下を、2つの黒髪の疾風が駆け抜ける。

「どこだっ キャロルっっ!!」
「キャ―――っっっ」
「上かっ!!!」

ダダダダダダダ・・・・っっっ!!!!!

メンフィスの宮殿側、大広間へ続く階段を上りきった通路の向こうに、ぺたんと座り込んでいるキャロルが二人の目に入った。

「キャロル!!!キャロル無事か――――――っっっ!!!!」
「キャロル―――っっ!!!」
「メンフィス!ライアン兄さん!!」

廊下の突き当りまでその速度を緩めずキャロルを目指して二人は猛ダッシュする。
「キャロルッ!!」
滑り込むようにメンフィスの両手がキャロルを捕らえようと伸ばされた。


ピシャ・・・・・・・ッッッ!!!


「むっ!?」
「なにっ?」

ぎっちりとキャロルをメンフィスが抱き取ったその瞬間、妙な光が横から光った。
だが、今そんなことはどうでもいい。

「キャロル!!キャロル!どうした!賊かっ?!怪我は!」

メンフィスはキャロルの体を手荒に確かめ、その青い瞳を覗き込む。
「なにがあったのだ?キャロル!どこもなんともないか?」

大きく息を切らして真剣蒼白な面持ちのメンフィスに、キャロルはどこか申し訳なさそうな妙な顔をして、上目遣いにメンフィスを見あげている。
・・・怪我もない・・・賊もいない・・・ではあの叫び声は??

「? キャ・・・・キャロル??」
「・・・・・だ、大丈夫よ。・・・ごめんなさい。あの・・・・・・わ・・・わたしはなんともないのメンフィス」
「?????」
「あの・・・じつはね・・・」


「キャロル?これは?」
おもむろにその側でライアンが自分の体の前方に引っかかった白い帯のような紐をいぶかしげに掴んでいた。その紐は通路の左端からライアンに・・そしてメンフィスの胸の前に引っかかり、反対側の通路の右端へと消えていた。

「・・・・・・まさか・・・・おい、キャロル・・」

なにかにピンときたライアンの眼光が妖しく光る。
その厳しい視線に明らかにたじろいだキャロル。

「――――――おまえ、わざとだな。なんのつもりだこれは・・」
「あ・・・あのね、兄さん、えっと・・その・・」


「ご明察〜。さすがはライアン兄さん」

口篭もるキャロルの代りに素っ頓狂な声を発したのは、柱の陰に待機していたロディだった。

「ロディ兄さん!」
「『王宮200メートル競争』、写真判定の結果、腕一本分で王様の勝ちだよ。」
「な・・・なにぃっ?!」
「ほら、右腕一本分、先にゴールしてる。」

手のひらの中にある銀色の物体をカチャカチャと操作し、ロディはライアンにかざす。
それを前に目を見張るライアン・・・

「これ、王様の腕。こっちが兄さんだよ。で、ゴールラインの紐はこれ。」
「・・・・・・・・・・っ!」
「すごい接戦。コンマ1秒差ぐらいかな。残念だったね兄さん。」
「ちょっとまて!なぜこれが勝負にされるっ!!」
「腕は同点だから足にしたんだ。」
「おまえっ!!!勝手に決着をつけるなっ!!」
「負けは負け。証拠写真まで撮ってあげたのにまだ文句があるの?」

「あの・・・・ロディ兄さん?それって・・?」

手の中のものを指差し解説している姿に思わずキャロルは口をはさんだ。

「写真って・・・それポラロイドじゃないわよね???」
「うん。デジカメ。」
「で・・じ?????」

エジプト側の人々はもっと訳がわからない。
大の男二人が、先ほどから、手のひらの中の小さな銀色の箱状のものを覗き込んでいるのだ。

「デジタル・カメラ。最近のヒット商品なんだ。フィルムじゃなくて、現像しなくてもこうして撮った画像がすぐ確認できるんだよ」
「うわ・・・・すっご〜い!!!」

裏側の四角いビューに、フルカラーの鮮明な画像が写し出されている。
拡大・縮小も思いのままだ。
現代を離れて久しいキャロルは、このハンディな新型カメラに目を見張った。
そこにはちょうど白いゴールテープにしていた紐を横切る瞬間の二人が写っている。
すらりとのびたメンフィスの腕
必死に走ってきてくれた夫の端正な横顔の静止画像にみとれてポーっとなったキャロルである。

「ねぇ、これ・・・プリント機能までは・・・・?」
「さすがにそれはここでは無理だね。」
「やっぱり・・・・・。残念・・・とっても素敵に撮れてるのに・・・」
緊迫していた状況もすっかり忘れて、キャロルは思わずミーハ―な問いをしてしまった。

「キャロル?」
3人してごちゃごちゃと言い合い群れ囲んでいるそこへ、メンフィスも加わって何事かと覗き込もうとした。
(こ、これって古代の人に見せたらやばい物なのじゃ?!)
咄嗟にキャロルの思考に現代人らしい不安が走り、がばっとカメラを背に隠すように振り返る。

「あ、あのメンフィス、ライアン兄さんとの勝負ね、メンフィスの勝ちよ。」
「?・・・・それはなんだ?」
「いえ・・・・・・それはっ・・・・そのっっ・・・・あのぅ」
(うわ〜んっっ どうしよう! 未来の機械なんて説明できっこないもの!!やっぱり絶対みせられないわ!!)

「神様専用の判定道具ですよ」
「ええっ?」
度肝を抜かれるような台詞に、キャロルはびっくりして隣の2番目の兄をみあげた。

「これによると王様の全面勝利と神託が下されました。」

いけしゃあしゃあと言ってのけ、メンフィスに向かって優雅にお辞儀まで付け加えている。
(ろ、ロディ兄さんったら!!!!なにを・・・!!!冗談の通じる相手じゃ・・・・)

「ほう?」
(―――うそっっ ・・真に受けてる・・・・・・   冷汗C)

・・・意外にもメンフィス、そのまま素直に飲み込んでいる。
それをいいことに、ロディは反対側の長兄に向かっても言葉を続けた。

「『ご神託』に文句はないよね。ライアン兄さん。」
「なっ・・・!!!!」
「それに、祝福の女神様はとっくに王様についているよ。」

改めてライアンと正面をむいて、さっきのデジタルカメラをもう一度ライアンに見せた。

「こういう『啓示』もあるんだけど。」
「・・・・・・・・・・っっ!!!」
「ね。ほら、降参」

一瞬目を見張り、明らかにうろたえの色が走る。
どうやら、さっきとは違う映像を見せられたようだ。
なんとも苦虫をかみしめたようなライアンの表情。

「・・・・・・・・・ふんっ」

納得しきっているとは言いがたいが、あれほど激昂していたライアンが、急に何かに押さえ込まれたかのように、ふぃっと横を向いて口をつぐんだのだ。
そう。この『神託』の効果は絶大だったようだ。
おお・・・・と、なんとなくエジプトの人々はその貴重なる品の不思議に納得してしまって、メンフィスもそれ以上の追及はしようとはしなかった。



「兄さん」
「・・・・・・・・・・」
「兄さん・・」
「・・・・・・・・・」
「ねぇ・・・・ライアン兄さん」
「・・・・・・・・・・」

何度呼んでも答えてくれない兄の様子にキャロルはシュン・・とうつむいた。
人一倍の負けず嫌いはメンフィス同様な兄ライアン。
今は何を言っても無駄だろう・・・。

「ごめんね・・・兄さん」

返事は聞けないとあきらめて肩を落としたキャロルの耳にかすかな問いが聞こえた。

「・・・・・・・・・・・・・・幸せなのか・・・・?」

ぽつっとつぶやかれた小さな言葉。

―――ライアンが静かに問いかける。

「・・・・・・本当に・・・今・・・・おまえは幸せなのか?」
「―――ええ・・・・・・ええ。とっても!!とっても幸せよ!!わたし、わたし・・・・っっ」
「なら・・・いい。」

ぽふっと、キャロルの頭を撫ぜて、ライアンは大きな溜息をついた。
ふわり・・と香る、懐かしいタバコの匂い・・・兄さんの匂い・・

ライアンは踵を鳴らし、キャロルのすぐ隣に立つメンフィスと対峙した。
こうして見ると、ほんの少しだけライアンのほうが上背だ。
氷のライアン・・・その冷ややかなオーラは黙っていても周囲を圧倒する。
またしてもガンを飛ばしあうかのその雰囲気にキャロルはひやりとし、手を差し挟もうとしたとき兄の口が開いた。


「・・・・・・・キャロルに・・・・妹に辛い思いをさせたら・・・許さない。」


ただその一言。

重く・・突き刺すような口調は相変わらずだが・・・・
それでも、ライアンにしてみれば精一杯の言葉だったのだろう。
キャロルの瞳が大きく見開かれる。

「そんな心配は無用。」

それに対し、きっぱりと即座にメンフィスは答えた。
しばらくじっとその姿を見返していたライアン・・・・。

そして・・たったそれだけの会話をかわして、つい・・・とライアンは先ほど走り来た大広間の廊下を大股で戻っていく。


「兄さ・・・・」

「・・・・・とりあえずは、よかったね。キャロル」
「ロディ兄さん・・・」
「なんでもよかったんだよ。ぶつけどころさえあれば。」
「・・・・・」
「大丈夫。今は気持ちの整理がつかないだけさ。いじっぱりだからすぐには素直に喜べないだけだよ。」
「・・・・ほんとうに?」
「ああ。」


「妹を心から愛してくれてありがとうございます。王様。」
「む!」

改めてメンフィスに礼をとるロディ

「ひどくハネッカエリな妹で苦労をかけると思いますけど・・・いや、もう随分かけているのかな?」
「ロディ兄さん!」
「それでも・・・僕からもお願いします。・・・・・・・これだけは覚えておいてください。」

温和な微笑が一呼吸置いたあと、すうっ・・・と鋭い眼光の表情に変わる


「―――キャロルを泣かせたら僕も貴方を許さない」


あの兄にしてこの弟・・・
メンフィスの視線も自然と鋭い光を放つ。


「―――無論だ。」


ライアンの時よりもさらに短いはっきりとした答えを聞いて、ロディはふわりと微笑む。

「・・・・ありがとう。王様」

さっきの一瞬の表情は嘘のように消え、いつもの柔和な微笑に戻っていた。






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「ねぇ、・・・ところで・・・さっき何をライアン兄さんに見せたの?」

奥宮殿の部屋へ戻る途中こそっとキャロルはロディをつついた。

「・・・・・・・・・たんなるキャロルの写真だよ」
「?!  わたしの?!」
「うん。」

そっけなくそれ以上なにも言わない兄に、キャロルは物足りないと抗議の瞳をあげた。
ライアンを黙らせた・・というのが一体何だったのか凄く気になってしょうがない。

「ねぇ、それみせてよ」
「いやだ」
「どおして!!」
「・・・っていわれてもなぁ・・・正直もうバッテリーが切れそうなんだ。せっかくだからもうちょっとおまえの写真もとりたいのに・・」

それは本気でそうだった。だがやはり彼もリード家の人間。キャロルのおねだり攻撃についに降参した。

「しかたがないなぁ・・・」

しぶしぶポケットから銀色のデジタルカメラを取り出して電源を入れる。
淡い光をはなって、液晶画面が浮かび上がった。

「・・・・!!これって!!」
「なかなかいいショットだろう?」

キャロルの頬が瞬時に赤く染まる。
それはメンフィスがキャロルを抱きしめた時の、もう1つの映像だった。
メンフィスはもちろん、キャロルの両腕もしっかりとメンフィスの背を抱きしめている。
それは本当に幸せそうなほほえみをうかべて・・・・。
誰も間に入る事などできない・・・
互いに求め愛し合う二人そのものの姿だった。


ピピピピ・・・・


ふいに脇についていた小さな赤いランプが点滅し始め、次第に画面が光を失っていく。

「・・あーあ。やっぱり終わっちゃったじゃないか。」
ひどく残念そうに電源を切る。

「ちゃんと持って帰れるといいんだけどな・・・」
「現代に?」
「そうしたらママにもみせられるだろう?」
「!」
「いいよ。お土産話をたくさん持って帰るから。なんたって、あと1日半は余裕であるからね」
「あ!」

そういえば・・・・切符の有効期限は48時間

それが本当なら、まだまだたくさん話したいことも見てもらいたいこともいっぱいある。
はた・・と、キャロルの足が止まる。

「きゃー大変!!じゃあのんびりなんてしてられないじゃない!」
「キャ、キャロルっ?!」

やりたいことが次から次へとキャロルの頭の中を駆け巡りだす・・・・

「ど、どうしようっ!!全然時間がないわっっ!!」

―――たった2日・・・いや、もうのこり1日しかない。

「ナ、ナフテラ、兄さんをお願い。すぐ戻るから」

キャロルは、いてもたっても居られなくなって、もと来た回廊を走り出していた。