「まあ・・・・ライアンもロディも・・・・どこに行ったのかと思ったら・・・」
たおやかな白い指が伸ばされる。
「ライアン、ライアン・・・」
「・・・・・ん・・・・・!」
「今日、ロスの支店長がお見えになるのでしょう?・・用意をしなければいけないのではなくって?。」
淡くゆすられる肩の振動・・
うすい眼が開き、ぼんやりとした背景に楚々とした婦人が写りこむ
「おかあさん!」
「困った人たちね・・・もう、ロディもこんなところで眠り込んでしまって・・・風邪をひいてしまうわ」
広めのソファにクッションを抱いて横になるロディ
ライアンは机に突っ伏していたらしい。
あかるい陽光の差し込むオフホワイトの部屋
ときおりゆれるレースのカーテンがナイルからの風を運んでいる。
「・・・・ふぁぁぁ・・・ん・・?んん?」
「だめよ。レディのお部屋に入り込んでうたた寝だなんて」
「え?あ、あれ?おかあさん??」
「どうしたの?変な夢でもみたの?」
リード婦人は幼子をあやすように、蜂蜜色のロディの髪をなぜる。
やさしい面立ちは天使のようで、その実年齢をほとんど感じさせない。
「・・・・・夢・・・・そうだ!キャロルが!・・・・痛っ・・・!!」
右腕が異様に痛い・・変な体制で突っ伏していたせいだろうか?それにしても・・・・???
「ライアン?」
「あれ??僕もいま・・・キャロルの夢を見ていた気がする・・・」
「まぁ・・・。どんな夢なの?キャロルのお部屋で眠ってしまったせいではなくって?二人とも、今お茶の時間なのよ。下でゆっくりその夢のお話でも聞かせてちょうだいな。」
瀟洒なつくりのドアを開け、リード婦人は優雅に振り返りながら二人の息子を階下へうながす。
下からふわりと甘い焼き菓子の香りが流れ込んできた。
キャロルの好きな、母の手作りのお菓子の香りだ・・
「うん、・・あれは・・・・なんだかとても・・とても楽しいゆめで・・・・・・・・・・」
遠い世界を思い出すようにロディは目を細めた。
「幸せそうだったよ・・・・キャロル・・とっても・・・・・・・・」
そう告げるとどこか儚い微笑を浮かべる母に、なぜかその夢のすべて話さなければならない気がした。
途切れ途切れの断片を必死で思い起こそうとする。
ふと、ポケットに当たる硬い感触・・
取り出された銀色のデジタルカメラ
「・・・・そっか・・電源がきれていたんだっけ・・」
なにげなく・・無意識の内にそんな言葉がこぼれおち、換りのバッテリーを差込み画面を立ち上げる
「・・・・・写っているわけないか・・。夢の中のことなんだから・・・」
ふっと笑う。
・・なにが写っていたというのか
それすら、もう思い出せない・・記憶のはてに消えておぼつかない・・・
でも、なにか・・とても幸せな気分にさせるものがここにあった・・夢の中のことなのだけど・・・
―――そんな気がする
「ロディ、ライアン・・」
母が下のリビングから呼んでいる。
「今行くよ。」
たちあがったロディは、ライアンを見返した。さきほどから自分の右腕を妙な視線で見つめて動かし確かめている。
「・・そういえば兄さん・・・・腕相撲・・してたんだっけ?」
「・・ん?ああ・・そう・・だった・・・・おまえとだったか?・・いや・・??」
「ちがう。僕じゃなくて、こう・・髪の長い・・あれ?ん??」
少しの間をおいて、不思議そうに見詰め合う。
なにかぼんやりとした時間の空白が、互いの思考の回転をさえぎる。
時間がたつほどに・・思い出そうとするほどに何もかも真っ白になっていく。
そもそも、どうしてキャロルの部屋に二人しているんだろう?
釈然としないまま互いに沈黙してしまった。
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「ねぇ・・・・兄さんは、どんなキャロルの夢をみたの?」
上質の紅茶を傾けながら、押し黙ったままの兄に向かってロディは問い掛けた。
「・・あまり覚えていない・・・ただ・・」
「ただ・・?」
どこか止まったままの厳しい視線が、ふい・・と眩しげにほそめられる
「・・・・・・・・ばかばかしい限りなのだがな・・」
愛用のシガーをくゆらせながら、抜けるような遠くすみきった青い空をみあげてつぶやいた。
(兄さん・・・・・・・兄さん・・・・・・)
胸の中に残る・・1つの淡い残像・・・・・
自分を呼ぶ・・幸せそうな・・いとしい妹のその姿・・・
「―――なぜかあいつは・・・・古代エジプトの王妃になっていたんだ・・・・・。」
Fin.
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このお話は、N恵さまのイラストリクエストより創作致しました。
Special thanks Ms.N恵
from PLEIADES
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