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おまけ
【後日談 ・ キャロル、王妃の間・只今探検中】


「メンフィスの寝室から広間・・・で、あっちが居間、控えの間が1つ・・2つ・・・に・・こっちがわたしの寝室で・・・。―――ええと・・・ベランダから1階へ降りられて、東屋、奥庭・・泉に湯殿・・厨房はあっち。あら?・・・・・表の宮殿にはこっちからも行けるのね。正面の宮殿の東側に出る・・・っと。ああよかった。メンフィスの部屋だけが出入口じゃなかったんだわ。うふっ。」
(↑謎の笑みを浮かべるC嬢)

片手にパピルスとペンをもちながら、あっちこっちと覗き歩く王妃キャロル。
あらたな新居(?)を興味津々で現在確認中である。
最初のうちはただ単にメンフィスの寝室の隣室、ファラオの宮殿の一角かと思っていたのだが、どうも様子がそれどころではなさそうだ。ちょっと見てまわっただけではわけが分からなくなりそうだったのでメモをとりながら歩いている。
すでにパピルスは略地図の様相を呈してきていた。

「ふぅ、でもメンフィスったら、『お部屋』だなんていって・・・・ほとんどちょっとした宮殿じゃない・・・」

なんという広さ・・・
自分だけでなく、侍女たちの部屋もひっくるめて『奥宮殿』が構成されている。
王の宮殿に隣接して、王妃を中心とした別の空間が―――。

「・・・・とと???あらら?」

「ねぇ、この通路から向こうに並んでいる別棟の建物は何?」
「はい?キャロル様のお衣装部屋でございますよ」
「―――・・・衣裳部屋ならさっき広間の隣にあったじゃない」
「あちらは常備用。全ては収まりきりませんからね。こちらで大部分をまとめてあるのですよ。」
「・・・・大部分って・・・ナフテラ・・」
(さっきの衣裳部屋だって・・一体どれだけあるのっていうほど広さも量もあったわよ―――!!)
「ちょうどよろしいですわ。みな、こちらへ来なさい。王妃様にご挨拶を!」

かるく手をたたいてその通路の奥へ声をかける。
美しい中庭を設け、それをとりかこむように建つパティオ式の建物
庭にいたもの、そして庭を囲むいくつもの部屋から何人もの侍女が集まってきた。

「キャロル様、これらはこれからキャロル様のお身の回りをお世話する者たちでございます。どうぞお見知りおき下さいませ。」
「お衣装係のテアでございます。」
「冠係のユルテスでございます。」
「腰帯係の・・」
「肩衣係の・・・」
「首飾り係の・・」
「腕輪係の・・」
「白粉係の・・」
「香油係の・・」
「香水係の・・」
「夜着係の・・」
「サンダル係の・・」
「お扇子係の・・」
「・・・・・」
「・・・」
「・・」
「・・」
「・・」
「・・」
(・・・・・以下多数により省略)


ぱたぱたと自己紹介をしては、床に伏してゆく少女たち。
ずらずら・・・と瞬く間にキャロルの前にひれふした侍女の列が出来上がった。
「――――は・・・はぁ・・・あ、あのね、ナフテラ・・・」
「キャロル様の仰りたいことは分かります。でも、これでも必要最小限にしておりますから。」
「だからって・・・あちらにもたしか衣装の専属侍女はいたわよ。なにもそんなにたくさん・・」
「こちらの各部屋ごとに王妃様のためのお品がご用意されていますので、管理上どうしても必要なことなのですよ。」
「各・・・部屋??」
「こちらから3室は『お衣装の間』、その隣は『冠の間』でございます。向こう側が『儀式用の正装のお衣装の間』で・・・」
「――まさか、1室ごとにその係りが扱う物があるわけ?」
「ええ。それでもすこしあふれ気味ですので、向こうの別棟もこれから保管庫用に差配する予定なのですよ。」
「そんなっ・・・・もう!・・・いくらなんでもやりすぎよ。(大あきれで溜息)一体何考えてるのかしらメンフィスったら・・・!!」
「いいえ、キャロル様。これは国としてあたりまえのこと。強国の妃として、エジプトの王妃として当然持つべきものなのですよ。本来ならこれでも少ないくらいです。」
「・・・・これでっっ?!!・・・嘘っっ?!」
「嘘ではありません。過去にはそれこそ大宮殿並の規模であったとか・・・・。きっと・・・キャロル様のご性格上このように拒まれるだろう事はメンフィス様も充分お分かりでおいでだったのでしょう。ですからかなり規模を縮小なさったのですよ。」
「―――以前から何度も言ったと思うけれど・・・・・本当に必要な分だけではいけないの?・・・・・わたしは着せ替え人形じゃないし・・そんなに用意されても実際には・・・・・・困るわ私・・・」
「それでも・・・・・どうかファラオのお気持ちもくんでご了解くださいませ。」
「?」
「正妃に対する国家の体裁はさておき、どれほど嬉しそうにこれらのお品をファラオがそろえられたか・・・」
「え?!」
「キャロル様に最高のお品を・・・と、それはもうご熱心に・・・。」
「なにが似合うであろうか・・・これは気にいるであろうか・・と。通常であれば書面だけで済まされるところを実際にその目でお確かめになられて・・・・随分お悩みになることもあったようでございますよ。以前、キャロル様、ファラオからの宝石を受け取られませんでしたでしょう?それをとても気にしておいでで・・・」
「あ・・・・・・」

メンフィスと出会って間もない頃のことだ―――
諸外国の貢物のなかから、キャロルに似合うだろうとメンフィスが選んだ首飾りをすげなく断ったことがそういえばあった・・・。

「でも・・そ・・・・それは・・・あの時は・・・まだわたし・・・」
「ええわかっております。・・ですから、どうかそのまますべてお受け取りくださいませ。何よりファラオのお気持ちでございますから。キャロル様が受け取ってくださればそれだけで・・それはお喜びになられましょう。」

すこしひんやりとした室内に、山と積まれた衣装箱
手近な一つの箱をそっとあけてみる
持ち上げた腕の間から太陽の光がすっと中にさしこんだ。

「・・・なんて・・・・・綺麗―――」

ほんのりと上品な生地・鮮やかな色彩の布地・刺繍・・・―――
どれもこれも、最高級の織物ばかり・・・

廊下へ出てこれらの部屋を順番にのぞいて回る
ナフテラの言葉のとおり、ひしめくように、王妃の為のありとあらゆる品物が各部屋ごとに種類別に詰め込まれていた。

(これを・・メンフィスが――)

あれこれと差配をしていただろう様子が目に浮かぶ
手にとり、自分の目で確かめ・・・

きっと・・・
・・・それを身に付ける自分の姿を思い浮かべながら・・・・・・

「・・・・・ほんとうに・・・・気持ちだけでいいのに・・・・メンフィスったら・・・」

―――なんて不器用な・・愛情表現・・・・
「愛している」と抱きしめてくれればただそれだけでいいのに・・・
胸に詰まる愛しさと痛み
メンフィスの思いがとてもとても嬉しくて・・・そして・・とても痛くて・・・

ここは今世界中の宝石箱なのかもしれない
わたしは・・今、正に『寵妃』・・・
愛されているのだという確かな喜びと・・この情況が恐ろしいと思う心が・・どこかで叫んでいる

私のためにメンフィスはきっと望むこと全てを叶えてくれるだろう。
口にすればそのままに・・
そのストレートさがあまりにも怖い・・・それはなにを意味するか

なによりも・・自分は『歴史』を・・・学んできたから―――。
一歩間違えれば・・・・・

「キャロル様・・・?」
ナフテラが側で不安そうにキャロルを見上げた。
(お気に召さなかったのだろうか・・・)
このキャロル王妃が豪華な品々を与えられ喜びはしゃぐとはもちろん思わなかったが・・・それにしてもあまりに深刻な顔をして、顔色も悪く押し黙っていたために自然と不安が募る。
「あのぅ・・・キャロル様・・・」

その心配げな女官長の様子に気がついて、キャロルはふっと一瞬顔を伏せた。
一呼吸、息を整え―――
何かを吹っ切るかのように改めてこちらをむきなおす。

そして・・・ゆっくりと微笑んだ。
それはとても・・・・気高い王妃の微笑で―――

「!」
さきほどまでのキャロルではなかった。
王妃の間を探検していた無邪気な様子からはとても想像できないほど、凛とした雰囲気を漂わす王妃の姿に息を呑む。
「ナフテラ」
「は、はい。キャロル様」
「わたしは・・・」
少し息を整えて、豪華な品々を仰ぎ見て言った
「わたしは・・良い・・王妃になりたいわ・・・。メンフィスを支えることができる良い王妃様になりたい・・」
「キャロル様・・・」
「わたしには・・何の力もないけれど・・・・・・。どうか力を貸してねナフテラ。ここの実務管理に関しては今まで通り貴女にお任せします。ただ一応内容についてはきちんと把握しておきたいから明細があったら後で見せてくれる?」
「明細?こちらお品の内容をですか?」
「ええ。自分の周囲のことも分からずにいてはダメだと思うから・・。ただ愛されるだけの・・王妃にはなりたくないもの。まずは知ることからはじめるわ。せめて概要は頭に入れておかなきゃね・・それに管理していくのにどれぐらいの仕事があるのかも自分なりに理解しておかなきゃならないだろうし・・・」
「どこから何がどれくらい運ばれてきたのかも・・できれば」

ナフテラは不思議なものを仰ぐようにキャロルを見上げた。
ただ王からの寵愛を喜べばよいだけのはずなのに――
与えられたものを着飾り、眺め、楽しめばよいだけなのに―――
管理?把握?
そんな実務的なことまで考えようとした王妃がいただろうか?
ファラオの寵愛に舞い上がり溺れる事なく・・この方はただ真っ直ぐに、全く別の違う何かをみつめている
宝石も権力も・・・この方を本当の意味飾ることは出来ないのだろう
頭では分かっているつもりだったが・・・こうもはっきりと普通の娘と違う反応を見せ付けられると自然と気持ちがひれ伏してしまう。

「・・・それから、ここで働くみんなの名簿も一覧にしてもってきて欲しいのだけど・・。・・・――――あ!・・・いけない!」
「いかがなさいました?」
「・・・それよりも先に・・ありがとう・・・って言ってこなくちゃねメンフィスに。」
にっこりとはにかむような笑顔で笑った。

万華鏡のようにくるくるとかわる表情
王妃から恋する娘へ
いま見せたキャロルの見慣れた優しい笑みにナフテラはほっとする。

「ちょっと行って来るわ。・・・きゃっ!!」

衣裳部屋から飛び出したとたんキャロルは何かに激突した。
広い胸板
背を抱きしめる逞しい腕―――

「―――どうした?何を慌てている?」
「メンフィス!」
「またわたしの目を盗んで何処かへ行こうとしておったのか?」
「ち、違うわよ。今メンフィスに会い・・に・・・・・いこう・・・・と・・」

力強い腕が身体を包む
抗うことなど絶対にできない甘い抱擁――
耳元にメンフィスはささやく
「・・・どうだ?そなたのために集めさせた。―――もう全て見たのか?」
ぞくりとするほど艶のある声
愛しい人の心地よいテノール
思わず気持ちも上ずってしまう
「え・・・・・・あ・・あの・・まだ少しだけ。・・・・・・・・・・・あの・・・」
「ん・・・・?キャロル?」
擦り寄るようにキャロルはメンフィスの胸に頬をあてていた。
ふわふわとした柔らかいキャロルの肌が・・ほっそりとした腕が・・メンフィスをきゅっと抱きしめる
「ありがとう・・・」
「・・・・・・それにしては浮かぬ顔をしている」
「そ、そんなことは・・・!!!」
「ふんっ」

ちゃり・・と小さな音をたててキャロルの手になにかが握らされた。
「え?」
――― 鍵?
「まいれ」
「きゃっっ!! メンフィス!!ま、待って!!!痛いっ!」

キャロルの細い手首を引きながら、後ろも振り返らず廊下の先へずんずんと足を進める。
足をもつらせ転びそうになりながらキャロルは小走りのままメンフィスに引きずられていった
到着したのはある倉庫のような建物の前。
メンフィスの姿をみとめて一人の白髪な老人があわてて中から飛び出してきた。


「こ、これはファラオ!」
「メンフィス・・・・・?」
「ここでそなたの分からぬことがあらばこの者に聞けばよい。アセト、よいな!」
「は・・御意に」
「な、なんのことなの?メンフィス??」
「そなたの好きに出入りするが良い。それはここの鍵だ。普段はこのアセトがいるが・・・。」

そう言いながらメンフィスはキャロルを伴ってすこし暗いその建物の中に入っていく。
ここにも先程の衣裳部屋と同じく、なにやら大量のものが置いてあるようだ。
でも・・・どことなく今までの部屋とは違う・・なんとなく懐かしい匂いが・・・
ずらりとならんだ棚にだんだんと目が慣れてくる。
その物が何か見えてくる

「っ!!!!! これは・・・!!メンフィス・・・・!」
「――――重要文書もあるゆえここの出入りはアセトの管理下で制限している。そなた・・・以前から書物を色々と見たがっていたであろう?」

―――キャロルの目が自然ときらきらと輝いた

ずっと奥までずらりと並ぶパピルスの束
山と積まれた粘土板―――

「すごいわメンフィス・・・!!!・・・ National Library(国家図書館)なのね!!」
「ナショ・・ライ・・・・?」
「すごい・・すごい、すごいっっ!!!ああっっなんてたくさん!!まあっ楔形文字!!こっちはアラム語かしら?ねえ、ねえ、世界各国の文章があるの?きゃ〜っっ!!これ素敵!極彩色のヒエログリフ(神聖文字)よ!!!やっぱり書かれたばかりの文字はどれも綺麗ねぇ!!かすれも欠けもなくって・・。完全品だわ!!ああっっ現代の世界に持っていって教授にみせてあげたいっ!!」
「??????キャロル?」

正に嬉々乱舞・・・・
あぜんとしてしまうほどの王妃の喜びよう。

「・・・・・まったく・・・そなたの好みは良く分からぬな・・」

すでにメンフィスの言葉は耳に入っていないようで、(もちろんとっくに彼の側を離れ)ぱたぱたと棚から棚を潜り抜けては、時折手に取ったパピルスや粘土板を興奮気味に眺め見て、感嘆の声をあげている。


宝石よりも・・絹よりも・・
『智』をなにより喜ぶキャロル

嬉しそうに夢中で書庫を走り回る無邪気な妃の姿を
どことなく複雑な思いで・・・又どこか誇らしくも思いながら、僅かにメンフィスは苦笑したのだった。









Fin.





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