王家の谷へ |
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Third Morning
Second Night X
チ・・・チチチ・・・チュンチュン・・・
眩しい陽のひかり・・・・
さわやかな水の匂いが鼻孔をくすぐる
いいえ・・水ではないわ―――
確かこれは・・・・・この香りは・・・・・・
ぼうっ・・・とした残像が次第に形を作ってゆく。
柔らかな優しい色が、だんだんと目の前にうかびあがってきて、ようやくはっきりとその物が何であるのか視覚が認識した。
「・・・・・・・・・!!!」
一面のロータス――――
キャロルはびっくりしてパチッっと音がするほどその透き通った目をみひらく。
眠気などすっかりさめてしまった。
目の前を埋め尽くすピンク色の花々に改めて目を見張る
ベッドのまわりは勿論、枕もとから、上敷きの上・・薄紅色の海・・・・
まさにロータスの花弁に埋もれるかのような状態でキャロルは寝かされていた。
がばっと上半身だけその花のベッドから身体をおこし・・・起き上がった反動で、肩や髪にかかっていた数房の大ぶりなはなびらが、はらはらと舞い落ちていった―――
「い・・・一体・・・何? ――これは・・・??」
「目覚めたか」
「メンフィス? え?ええっっ!!!!」
咲き誇る無数のロータスがメンフィスの両腕一杯にかかえられている。
「みごとであろう?」
そして身体を起こしたばかりのキャロルにわさっと無造作にそのまま渡した。
「きゃあっっ!!!!!」
とくに束ねられていたわけでもない。
大半を受け取り損ね、すでにそこにあった花ばなと同じようにベッドの上に同化し散り広がる
これで文字通り、完全にキャロルは花に埋もれてしまった。
かろうじてキャロルの蒼い瞳がロータスの海からあたふたと浮上する。
メンフィスの高らかな笑い声―――
「!・・・!!これ、メンフィスがやったのね!!!!」
「誰もここへ入れたくはなかったからな。民からだ。まだまだ山ほど届いているぞ。」
「え?みんなから?」
「そなたの部屋に運ばせてある。見るか?」
つい・・と、見事な花弁を揺らせている1本のロータスを片手に弄びながら、メンフィスは満足そうにキャロルを見下ろした。
―――正に・・・ナイルの女神の娘・・・
淡いピンクのロータスに取り囲まれ素肌のままうずもれる姿はなんとも高貴で美しかった。
少し寝みだれて波打つ髪さえ、生まれたての初々しさに彩りをそえているようだ。
「わたしのお部屋に?」
「なかなかに壮観だぞ。」
「・・・・これだけでもすごいのに―――・・なんて綺麗・・・・」
キャロルはロータスの花がポンッと音をたてて開くように嬉しそうに顔を耀かせた。
だがちょっとのち、はっとしてメンフィスをまじまじと見上げる。
「!・・・メンフィス、・・・一体なん往復したの?」
「?」
「だって、わたしのお部屋からって・・・・・向こうの宮殿まで・・まさかわざわざ?」
いくら腕力にものをいわせて一気に運んだからといって、これは2〜3回では済まない花の量だ。
(・・・あ、そうか・・きっとこのお部屋の前まで皆が運んでおいてくれたのね)
それでも寝台一面だ。改めてそれを見回してもう一度メンフィスや皆の労力に思いを馳せる。
「ありがとうメンフィス・・・とっても嬉しいわ。大変だったでしょう?」
お花は見た目よりも結構重いから・・・・
そういうと、メンフィスは何やら意味深に笑っている。
腕をくんで、キャロルが言う事を可笑しそうに・・・
「??? メンフィス?」
「―――まいれ、そなたの部屋を見せてやろう。」
「あっ!!ちょっと!!!」
メンフィスは無理やりキャロルを寝台から抱き上げた。
「まってよ!!わたし・・こんな格好なのよ・・・・!!!!」
「心配いたすな。すぐにつく。」
体にかかっていた薄い上掛けごと強引に引き上げ歩き出す。
キャロルの姿などお構いなしに。
「ねぇやめてっっ!!ちゃんと服を着るから!お願いおろしてっっ!!」
ほとんど裸な状態なのだ。真っ青になって顔を引きつらせる。
身体を包むこの布は生地がとても薄くて自分の姿を完全には隠しおおせない。
こんな格好のまま廊下へ出られようものなら、―――誰かに見られたら・・・・もうキャロルは恥ずかしくて死んでしまいたくなってしまう。
必死になって抵抗するが意に介さず。メンフィスは涼しい顔のまま笑って耳を貸そうともしない。
キャロルは透ける布地を一生懸命に身体に引き寄せ、なんとか逃げようともがきつづけた。
「メンフィス!メンフィスってば!!」
「そう暴れるな。―――そら、ついたぞ。」
「・・・・・え???」
「そなたの部屋だ。」
ほんの数十歩・・・・・
メンフィスの寝室からはまだ出てはいない。
キャロルは目を見張った。
(・・・扉?! こんな所に?!!)
メンフィスの寝室の奥
幾重もの紗で視界をさえぎったところに、瀟洒な文様を彫りこんだ優美な扉があった。
実のところ、これまでキャロルはメンフィスの部屋へ入ったことがあまりない。
表側の居間なら侍女として仕事をしていた時からたびたび出入りはしていたが、寝室は別だ。
メンフィスに求婚されてからも、足を踏み入れることはめったになかった。
たまに用があって(・・・というより呼びつけられて)入ることはあっても、何かと他のことで頭が一杯だったし、周囲に目をやる余裕などあろうはずもない。
(全然気がつかなかったわ・・・・壁だとばかり・・・・)
花々をあしらったとても繊細で美しい装飾―――
新しいものではない。
かなり使い込まれたような風格があって、どうみても今特別につくられたようなものではなかった。
・・・・そう、ずっと昔からその場所にあったのだ。
メンフィスがファラオになった時から―――
ううん違うわ・・・きっともっともっと昔から・・・・・・・・
驚きみあげたキャロルの瞳に、どこか得意げな光をやどすメンフィスの顔がうつる。
「・・・・・・」
「ん?どうした?何をほうけておる?」
メンフィスはくっと笑った。
予期したとおりの反応が、あまりに見事に帰ってきたために・・・
腕にキャロルを抱いているのでメンフィスの両手はふさがっている。
そこですこし後ろへ向きを変え、肩と背をつかって扉を押し開けた。
鍵はかかっていない。
かるい音をたてて扉が開く。
眩しい朝日が部屋中を明るく煌めかせていた―――
部屋と隣接してつながる広いバルコニーからは母なるナイルが一望できる
「・・・!!!・・・」
淡い白色を基調に統一された優しい光に満ち溢れた空間が遠くまで広がっていた。
広い・・・・
思っても見ないほど広い部屋がそこにあった。
扉を抜けた先はちょっとした大広間のようでもあり、でもその部屋にそなえつけられている調度品の様子からその用途はとてもプライベートな場所であることが一目瞭然だった。
各所に黄金で草花の意匠をかたどった装飾が繊細な幾何学模様をつくりながら上品にはめ込まれ、この部屋の品位の高さをまたさらに引き立てている。
そして・・・・何より、空気まで染まるかと思うほどのロータスの花でその空間は埋め尽くされていた。
壁も床も・・飾り棚は勿論、花を置けるあらゆる空間すべてにピンク色の花弁が咲き誇る。
足の踏み場もないほどに・・・
声を失うキャロルに厳かにメンフィスは言った。
「どうだ?気にいったか?」
「―――わ・・たし・・の―――・・部屋?」
「そうだ。」
「・・・・・・・」
「―――これからは・・そなたがここのあるじぞ。」
「あるじ・・・?」
次々にあびせられる見慣れない物や耳慣れない言葉に、情況を飲み込めないままキャロルの視線は宙に浮く。
見せられたものにびっくりして頭の中が飽和状態なため即座に反応できないのだ。
その様子に少し苦笑しながら、メンフィスはキャロルの頬に口付た。
分かりやすく噛み砕いて言い諭すかのように、ゆっくりと言葉を続けてやる
「・・・ここは 『王妃の間』 なのだ。」
(―――――― 王妃・・・の・・間・・・・・・?)
「・・・わたしが生まれた場所だ。」
「!」
大きく見開いた目が更に驚きを加えメンフィスを凝視する。
キャロルは依然呆然としたまま声を失っていた。
メンフィスは笑った。透き通った風がそよぐように・・・
「そなたは・・・私の妃・・。ここは歴代の『正妃』の住まう場所。・・そして次の王が生まれる場所だ。わが妃・・そなたの来るのをこの部屋もまちわびていたのだぞ。ずっと・・・ずっとな。」
「・・・・・・・・」
「やっと・・・そなたを・・・ここへつれてくることが出来た・・・・誠に長かったぞ。」
眩しそうに目を細め、小さな愛くるしい王妃を見つめた。
「誠に・・・・・・・・・・・キャロルよ・・」
再び重なる優しく甘い口付け―――
キャロルは長い間・・・広広とした優雅な部屋を眺め見ていた
メンフィスの腕の中で、驚きのまま固まって。
ときおり、ゆっくりと視線が部屋を追う以外、動こうとしない。
メンフィスはキャロルをただだまって抱きしめていた。
この静かなひとときを愛しむように―――
柔らかな陽射しがロータスの朝露をかがやかせていた
そよ風にキャロルの髪がふわりとなびく
眠っていた間の移り香か・・・
甘く優しい・・花の香り
「・・・・メンフィスのすぐ側にいられるのね・・」
ぽつっ・・と、呟くように広間を見ながらキャロルは言った。
「ん・・?」
「これからは・・・いつも貴方の側で生きるのね・・・・わたし・・」
ゆっくりとキャロルがこちらを向く
「貴方の側に・・・いつも一緒に・・・」
「―――そうだ。・・・おおそうとも。キャロル!」
メンフィスはその言葉を聞いてキャロルを一段と強く、高く抱き上げた。
嬉しげに大いに破顔し、キャロルをみつめ今一度熱く口づける。
眩しい光が二人をおおった。
広いバルコニー
輝く太陽の下、満々と水をたたえる蒼いナイルが眼下に遥かに流れてゆく・・・。
遠く遠く・・・はるか未来まで
次代を築く王族に祝福の讃歌を歌いながら―――
Fin.

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