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夕 闇
V


とうとうキャロルはその思いを口に出してしまった
「――怖いの・・・」
「キャロル?」
「貴方のいない日々が・・・夜が・・怖い・・・・きっと・・さみしくて辛くて・・・・・・」
「―――毎晩・・きっと泣いてしまいそう・・・」
「・・キャロル!!!」
「どうしよう・・・・やっぱり立派な王妃様になんてなれない・・・わたし・・・わたし・・・・」
ぽつ・・ぽつと不安に怯える声をつなげ、キャロルは小さく震えてメンフィスの胸にすがりついた。
「貴方がそばにいないと・・・きっとなにもできないんじゃないかって・・・」
「――きっとさみしくて・・・さみしくて・・・・心細くて・・・・・メンフィスわたし」
「・・・キャロル・・・」
「・・・・・・・我慢するつもりだったのに・・・・・・ごめんなさい・・泣いちゃって・・・・こんなこと言って・・・」

メンフィスは目をみはってキャロルをあらためて見つめた。

(・・・・・それで・・・・泣いていた・・のか・・・・?)

―――わたしを・・・・・思っ・・・て?

胸がつまる
熱く暖かい思いが瞬時にメンフィスの全身を包みこんだ

なんと愛しくいじらしいのか・・・

つい先ほどまで遠足に行く子供のようにはしゃぎまわっていたキャロル。
明るい陽光の元でみせるその姿は、無邪気な天使そのものだった。
太陽神の庇護のもとで輝く光の少女
そなたは正に光の煌めきのようで、どんなに抱きしめても両手からこぼれ落ち掴みきれないような実感のなさにどれほど狂おしい思いがしていたか・・・
ほんの少しでも目を離せば、自由にそなたは光の中を飛び回る。
それがどうだろう・・・
闇に佇み震えるそなたの小ささは・・・
私との別れに怯え泣く・・・・こんな姿をみるのは初めてで・・・・

ああ・・・・そなたは・・・・やっと・・・
やっと・・・―――わたしのものになったのだな・・・・・

メンフィスはそっと胸の中のキャロルを抱き上げた。
小柄で細い肢体は外見以上に軽く、まるで見えない翼をもっているかのように軽く感じる。
うつむいたまま震えるキャロルがとても儚く見えて、腕の中に抱きしめていながら今にも消えてしまいそうだ。

「―――大丈夫ぞ。そなたはわたしの誇る・・かけがえなき妃。何を恐れることがある・・・そなた以外にわが王妃は勤まらぬ。」
「・・・・・・」
「側にいる。いつでも・・・」
「でも・・・」
「そなたの声は・・・いつでもわたしに聞こえるのだ。たとえ遠く離れても・・」
「それは・・・・わたしもよ!」
「わたしを呼べ・・よいな。・・・だが・・・この唇から他の者の名を口にすることは許さぬ!」
約束するように唇を重ねる。
「・・・そして・・その涙もわたしだけのものだ。わたしのためだけにあるのなら・・・・泣いてもかまわぬ。恥じることなぞありはせぬ。」
「・・・泣いても・・・いいの?」
「ああ・・・。かまわぬ。」
目じりに残る涙にそっと唇をはわす
「・・・私を恋しく思う涙ならば・・・・・許す―――。」
「・・・・・だが・・やはりそなたは笑っているほうが私は好きだがな。」
最後の言葉は少し苦笑しながら軽口めいて付け加えられた。
「愛している・・・キャロル」
「メンフィス!」
こちらを見上げた蒼い瞳から、またぽろぽろと真珠の涙がいくつもいくつもあふれだした。
その姿は真実、笑顔と同じくらい美しい。
一体いくつの粒をわたしは飲み干しただろうか・・・?
―――愛しい・・
広がりうねる金の海に指を泳がせながら
熱い血潮のめぐる体を女神の肌にゆだねる。
細い指が恐る恐る私の頬に触れて、耳朶をよぎる・・・
それが、どれほど私に甘美な震えを呼び起こすかそなたは知るまい・・。
知らず知らずのほんのわずかな行為がどれほど私を狂わせるか―――
そなたの唇がわたしの唇に触れようと寄せられる
近づく時のほんのわずかのそなたの吐息がどれほど我が鼓動を速めるか―――
そなたは何も気づいていまい・・・
「・・・・あ・・ぁ・・・・・・・・・・・メンフィス・・・」
まだ幼さの混じった声が理性のかべをかき乱した。
もうとめられない・・
そなたを違う涙でおぼれさせよう
覚悟いたせ

そなたが愛しい―――
あなたが愛しい―――

激情のままメンフィスがキャロルに襲い掛かった。
その全てをキャロルは体に記憶する。
決して忘れないように・・どこにいても思い出せるように

わたしには貴方がいる・・・こんなにもわたしを愛してくれる貴方がいる。





―――駱駝が朝日にいななく

大量の祝賀の品を満載した荷車や馬・ロバ・駱駝の列。
その中にひときわ瀟洒な飾りをあしらった天蓋つきの鞍をつけた駱駝にキャロルは乗り込んだ。
王自ら手を引き、キャロルが駱駝に乗るのを手助けする。
「・・・・よいな・・・くれぐれも気をつけるのだぞ」
「ええ。・・・・・ええメンフィス。」
重ねられた手に込められる力は離せないかというほど強かった。
「メンフィス・・・」
「何かあらばすぐに伝令をよこせ。必ずだ。」
小さく頷くキャロル
「キャロル・・・」
次々に先頭の集団から出発の合図がかけられ、騒がしく土ぼこりを巻き上げ旅立ってゆく。
そのなかで二人はしばらく見つめあい、ようやくメンフィスはキャロルを掴んでいた指の力をゆるめた。
「ウナス!その命に代えてもキャロルを守れ!よいな!!」
「はっ!御意に!メンフィス様!」
「メンフィス!」
キャロルは目を見張る
両の手を離した瞬間の一瞬のメンフィスの顔に。
今にも叫びだしそうな切ない瞳
ぎゅっと一文字にかみしめた唇
「メンフィス・・・」
不安げにその名を呼んだキャロルの口元をみて、メンフィスは一度瞳を閉じ、もう一度ゆっくりと瞼を開けてキャロルをみつめた。
あわく微笑んで・・・
その胸の内の悲しみを無理におし隠して―――


駱駝が動き出す。
キャロルの金の髪がふわりとなびき、振り返る愛らしい顔に次々と流れかかる。
「いってきます!しっかりアイシスのご婚儀をお祝いしてくるわ!メンフィス!!」
次第に小さくなってゆくメンフィスに向かって、キャロルは大きく手をふる。
「キャロル!」
「え?」
メンフィスは愛馬を駆けてキャロルのあとを追いかけてきた。
そしてキャロルの乗る駱駝に並走しながらその胸にあったものを引きちぎる。
「これを・・・・!」
キラキラとまばゆい光を放ちながら投げ渡された黄金のホルスの首飾り。
「それを・・・そなたのその白い胸につけよ!」
「え!!」
「―――それはわたしだ」
「メンフィス・・・!」
「そなたはわたしの妃だ・・・よいな!バビロニアから1日も早く帰れ!」
「ええ・・そ、それはもちろん・・・・」
「ふんっ ・・・そなたはそそっかしく王妃らしくない。長居をすれば笑いものになるやもしれぬぞ!よいな!!」

(早く・・・・早く帰れ・・・キャロル・・・・)



女神は微笑んだ。



彼の好きな光り輝く笑顔で。
その手にしっかりと彼の思いを抱いて。







Fin.







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