夕 闇
U
あなたのいない夜がくるのが怖いと思った・・・
ほんの数日前まではなんでもなく一人で眠れたはずなのに。
いまは・・・
もうすぐ一人旅立たなければならない。
とてもワクワクして、大いなる歴史に直接触れられると・・考えただけでドキドキして浮かれていたけれど・・
こうして夜が来ると、急に怖くなる。
あなたがいない夜・・異国の中で一人ぼっち・・・・・
暖かいあなたの胸の中でまどろむ時間はない
それを思うと・・・・・・
わがままなの
わたし・・自分から行きたいって思っていたもの。
バベルの塔・・・
神秘の国バビロニア
歴史を学んだわたしにとって、とてもとても魅力的な場所だったから・・・
メンフィスが決めたからって・・そう言って、バビロンへ行くのを心のどこかで喜んでいた。
今更 「行きたくない」 なんていえないわよね・・。
貴方の側をはなれることが今はこんなにも辛い
そんなことを言ったら・・・貴方の事だもの・・・きっと本当に取りやめてしまう・・
――― それは・・・だめ・・。
決まったことなんだから・・・国同士の約束なんだから・・・・・
私は・・・・『王妃』なんだから
大きな掌―――
いつも・・愛している・・・と
側を離れてはならぬと・・・
何度も何度もそう言ってわたしを守ってくれる貴方
ごめんなさい・・・・
今更ながら、貴方の深い思いに胸が痛む。
貴方はずっと・・そう言ってわたしを離さないよう、こうしてしっかり抱きとめてくれていたのに。
それがあたりまえのように馴染んで・・・あなたの思いが大気のように大きくて・・・それがこんなに切ないものだとは気づかなかった・・・
≪おお・・・バビロニアなどに行かせたくはない!!≫
≪そなたをどこへも行かせたくはない!!!≫
わたしったら・・・あれほど言い聞かされていたのに、又あなたの側をはなれようとしているのね・・・。
もうすぐ、一人行かなければならない
離れる・・という現実がすぐ側まで近づいてきてやっと、貴方の存在の大きさに気づかされる。
夕暮れに、貴方の姿が急に闇に見えなくなっていくのがとても怖かった
闇に溶けていく後ろ姿が怖かった・・・
こんなに近くにいてさえ・・遠くに見えるのが・・手が届かないのが怖い―――
私はとてもわがままよ
神の娘なんかじゃない。未来を読めるわけでもない・・・
立派な王妃にはきっとなれない
それでも許して・・
大いなるファラオであるあなたの側にいることを
貴方を愛しているから・・誰よりも貴方を愛しているから―――
この思いしか・・わたしにはたったそれだけしかないけれど・・・
「大好きよ・・メンフィス―――」
(離さないで・・・このままずっと・・)
(私をどこにも行かせないって・・・もう一度・・・いいえ何度でも言って欲しい)
淡い・・今は叶えてはならない希望を胸のうちで思うと、また涙がこぼれそうになる。
愛するが故のわがままが・・・夜が来るたび私を襲う
何もかも見えなくする闇のせい?
心細くてたまらなくなる
「わたしの腕の中で・・・・・・いつも微笑んでいよ・・・・・泣いてはならぬ―――」
「笑え・・・」
ええ。
ええ・・・・いつも貴方の腕の中にいるわ。
ずっとそうしていたいわ。
でも・・・バビロンには・・バビロンに貴方はいない―――
息がつまるほど抱きしめられて幸せだった
あなたを愛しているわ
しっかり覚えておくわ
どこにいても忘れないように
この腕の強さを
貴方の優しさを・・
貴方の・・・・・・・
ああ・・・ダメ・・・
せっかく止まりかけた涙がまたこぼれてしまう・・・
メンフィスがまた心配してしまうじゃない
わたしったら・・
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