王家の谷へ
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哀の闇
U
走って走って・・・・息が切れて、松明の明かりを追いかけて・・
しかし足が疲労で重くなるまでそう時間はかからなかった。
ぜぇ・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・・・
手近の柱に手をついて、へなへなとしゃがみこむ。
はぁ・・はぁ・・・・
自分の息継ぎだけが夜の回廊に響く。
こんなにも自分は持久力がなかっただろうか?
体力がものすごく落ちている?
朝から晩まで神経をすり減らしている上に、食事も睡眠も満足とは言いがたい。
不安な日々ばかりで・・・・もうこの世界に来てどれくらい経ったかしら?
・・・二度も・・・・こんなわけの分からない世界に飛ばされるなんて・・・・
「ふ・・・ふふふっ・・・・」
息がおさまってきて、ふいに自嘲ぎみな笑いと・・涙がこぼれた。
ぼやけた視界のまま振り返ると、メンフィスの宮殿・・・・先程まで自分がいた彼のいる部屋のあたりがぼんやりと明るく見える。
ほんの少ししか離れていない。
あそこからただ駆け下りてきただけで体がふらふらになっている。
部屋へ戻って眠らなければ・・・
せめて体を休めなければ身がもたない。
明日も・・明後日も・・・そのあとも・・・・・・・・ずっとこれからこんな生活が続くんだから・・・
ずっと・・・・・ずっと
「・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・慣れなきゃいけないの?
わたし・・・やっぱりもう二度と・・・
「う・・・・っ」
また涙がこぼれた。
帰りたい・・帰りたい・・・・みんなの所に・・・・家族のもとに・・・
悲しみの淵から現実に意識をもどしたのは沙漠から吹きつける冷たい風。
急速に冷え込む冷気は薄着のままの肌からどんどん体温を奪いだした。
「さむ・・」
しゃがんだまま両腕を抱きしめるように組むと鳥肌になっているのが分かる。
早く部屋に戻ろう
よろよろと立ち上がり回廊を歩き出す。
「・・・・・・・・・・え・・・!」
暗い―――――
こんなに暗かっただろうか?この回廊は・・?
松明の明かりは確かにあるが、とても遠い間隔で小さく揺れている。
夜間の回廊・・・
王の部屋近くとは打って変わって人影がほとんど無い。
いつも休んでいる侍女達の詰め所までは、確かまっすぐ行って途中で曲がって・・・
・・・・・・・どうしよう・・・
何箇所か曲がる場所がいくつかあったのだが、こうも真っ暗闇だと見通しがつかなくてよく分からない。
まだなんとなくでしか宮殿の様子がつかみきれていないのだ。
気味の悪いほどの静寂・・・
不慣れな場所での暗闇は次第に違う怖さをキャロルに抱かせた。
目印となるはずの松明の明かりも、風にゆらされ不気味に回廊の壁画を揺らめかす。
王家の墓に懐中電灯だけで入っていったあの時の雰囲気を思い起こさせた。
温度を下げ続ける夜の冷気もさらに心を冷え込ませていく。
(今日は闇夜だ。・・・・出たところで下の宮殿までそなた一人ではたどり着けまい)
月が無い夜がこんなに暗いだなんて知らなかった。
だって、自分はいつも電気がついている世界にいたのだから。
どんなに真夜中でも、通りには明るい電灯がついていて、家々にはライトがついていて・・・
目の前にかざした自分の両手もよく見えない。
昨日・一昨日はウナスと連れ立っていたし、手に明かりも持っていた。
がくんっ・・・
「っ!!!!」
浅い段差にも足をとられる
一歩先がとても遠い
(そうよ、壁・・・・壁をつたって行けば・・・)
そろそろと腕を伸ばし、壁をさがして横に移動する。
どこ?
どこに?
ふいにまた足元が抜けた
「きゃあっ!!」
ずさささ・・・・・・・っ
階段の小さな踊り場のような所までほんの2〜3段だったようだが、バランスをくずして倒れ臥す。
「痛・・・・」
なさけなくて、また涙が出た
少しどこかすりむいたのだろうか
膝下がひりついている
こけた拍子に打ち付けた腕もズキズキしている。
あとできっと青あざになっているだろうと思うけど・・・
ひどく目立たなければいいけれど
見つかったら・・またなんだかんだと煩わしく構われてしまう
メンフィスに知れたら・・・それこそ何を言われるか・・・・
手の甲で目元をぬぐう
冷たい床に座り込んでいると、冷えた体がますます凍りつくような気がした。
行かなくちゃ・・
暗闇でも目を慣らせば少しは違う
そうよ・・・・
以前、科学の授業の一環で天体観測の実習に参加した時、担当の教授が言っていたじゃない
『――本当に小さな星を見ようと思ったら、よほど暗闇に目を慣らさなければだめだよ。光のある所から出てきたばかりの時は特にね。・・・・・ちょっとでいい。1分ほど目を閉じてごらん。・・・・どうだい?ほら、随分見え方が変わっただろう?』
そう、しばらく目を閉じてから・・・闇に目を慣らさなければ
全てが見えなくても大丈夫
ここは渡り廊下の段差の場所だわ
なにも知らない場所じゃない。
何度も通っているのだから
落ち着いて道を思い出せばいい・・
ほら、星も見える
大丈夫。松明の目印もさっきよりも随分よくわかるようになったわ。
「大丈夫・・・・。」
そっと立ち上がり、先程よりもまだしっかりした足取りで歩き出した。
ずき・・
ずき・・・
かなりきつく打ち付けたらしい
歩くと振動から腕の肘の下辺りがうずいている
ふぅ・・・と、溜息をついて、痛む右腕をかばいもう一度空を見上げた。
ミルキーウェイが見えるほどの満天の星空だった
「・・・・・・・・・・・・・・・」
頭上を埋める無数の星々
こんな星空は今まで見たことが無い
現代の光溢れる世界では絶対に無理だろう。
闇に慣れてきた目のおかげで、その天空は煌く星々が一面に降ってくるようだった。
悲しいほどに綺麗で・・・
ほろ・・・・
ほろ ほろ ほろ・・・・・
見えていたはずの美しい星空がまたぼやけた。
泣いているんだと分かっている。
また涙がこぼれているんだと。
こんなに泣き虫になっている自分がまた悲しい。
「・・・・・・・信じられない・・・・わたしったら・・」
あとからあとからあふれ出る涙
どうやって止めればいいか分からない。
涙をぬぐうことすらもうどうでもよかった。
体中から堪らない悲しさが一気に噴き上げてくる。
喉にわきあがるイガライつっかえ
無理やり息を止めてこらえようとすればするほど、それは耐えられないほどひどくなる
っく・・・ひっく・・・・
うっ・・っ・・・・っく・・・ひっく
もういい・・
誰もわたしを助けてはくれない
ここには誰も・・・誰もいないのだから
もう・・なにも気にしなくても・・・・
がまんすることも・・・ 涙をこらえることも・・
そうよ・・・
狂ってしまっても・・・・・・・かまわないのよ
これがわたしに降りかかった呪いだというのなら・・・・・現代の世界にもう帰れないというのなら・・いっそ何もかも分からなくなるほどに狂ってしまいたい――
そうして・・・
自分は叫んでいた
どんな声だったかもよくわからないけれど・・・
すべてが体の中から抜けていくような感じがする
立っている力も・・魂も・・・・なにもかもを真っ白にしていくような・・
もしもこれが狂うということなら・・・・・・・・それもいいかもしれない。
「・・・・!!!っ」
急に体が温かい熱に包まれた。
背から回された両腕が自分の体を締め付ける。
どこか記憶にある涼しげな香り
痛いほどの強引な腕力
手放してしまおうとした意識の光を取り戻そうとするかのように、この力は自分の五感をむりやり呼び覚まし引き戻そうとする。
「・・・・・・・・・・泣くな・・・・」
「・・・・・・・」
「泣いてはならぬ・・・・・・」
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