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王家の谷へ |
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赤い花 白い花
わたしは母を知らぬ・・・・
衝撃だった
そんなこと一度も聞いたことがなかったから。
あの時遠くを見つめる貴方のまなざしの向こうにほんの少し寂しそうな姿が垣間見えたような気がした。
(泣くな・・泣くなというに・・・・・そなたが泣くとわたしはどうして良いかわからなくなる)
温かい腕に抱きしめられても涙がどうしても止まらなかった。
こんなに力強いあなたが・・
(母とはどんなものなのか・・)
かすかにつぶやいた言葉に胸が痛いほど締め付けられた
お母様に抱きしめてもらった記憶がないなんて
優しいお母様の思い出が何もないなんて・・・・
この時代、写真も精巧な肖像画もないから・・メンフィスのお母様がどんなお顔をしていらしたかは分からない。
肩越しに見上げた端正な輪郭
ひとしきり泣いた後のわたしの目元をそっとぬぐい、なにを大仰なと笑う。
どちらに似ているのだろう?
わたしはメンフィスの父王のお顔も知らないけれど・・・
これだけの美貌を誇る王なのだ
女の私が見惚れるほどの。
そのままの面影をもつのであればそれはそれは絶世の美女だったことだろう。
「きっととても美しい方だったんだんでしょうね?」
「さて・・・それはどうかな・・・・なにしろわたしは生まれたばかりで目もみえなかったからな。」
「絶対そうよ。だってメンフィスがこんなに綺麗なんだもの。きっとそっくりだったはずよ?」
「---それは・・わたしが女顔だということか?」
「え?」
「・・・・・・ふんっ 好きでこのような顔に生まれたわけではない!」
「・・・・・・・・・嫌・・なの?」
「---侮られるのが腹立たしいだけだ。王だと知らねば・・・・・・・」
意外にもどこかで気にしていたらしい。キャロルは目を丸くしてそんな夫の様子を凝視した。
だれより整った美しい顔
すうっと通った鼻梁に、濡れ羽色の髪・・吸い込まれそうな黒い瞳・・・・
思っても見なかったが、メンフィスにとって自分が「美貌」の持ち主であることは本人にとっていささか不本意な面があるかのようだった。
どうやら『女と見まごう』『女のような・・・・』という形容詞がつくことが癇に障るらしい。
一見軟弱そうにみえるから?まさか?
(・・・・まるで「蘭陵王」の心境ね。わたしは美貌も武器のうちだと思うけど・・・)
メンフィスは過去の嫌な経験でも思い出したのだろうか
不機嫌にしかめっ面をしてふいっと横を向いてしまった。
キャロルは思わず噴出してしまった。
---そんな顔も綺麗なのだけど。とても魅力的で。
「なにを笑っている・・(むっ)」
「(くすくすくす・・・ ) だって・・・ふふふっ メンフィスって女の人に変装したらさぞかし綺麗だろうなって。」
「キャロル!!」
「うふふふっ(^^) もちろん冗談よ。そんなに怒らないで。」
憮然としているメンフィスに、キャロルは手近に咲いていた花を手折ってみせた。
「・・・メンフィスのお母様って・・お会いしてみたかったわ・・・・」
「・・・・・・・」
くるっと手の中で茎を回しつぶやく。
「・・・わたしは母親似よ。性格は・・違うけど。わたしの母は少し淡めの金髪で、瞳もわたしより淡くて透き通った感じ。」
「!・・・・」
「父は・・・ 父はもう亡くなったけど・・・・とっても優しい人だった。わたしのお願いは何でも聞いてくれて・・・とても・・とても大きな背中だった・・・・・・・・・・・」
「・・・・そうか・・・・」
キャロルの手からすっとその花が抜き取られる。
金の髪の中に優美な花がひとつ咲いた。
メンフィスの腕がキャロルの背を柔らかくつつみ、しっかりと抱き寄せられる。
そしてゆっくりとキャロルの黄金の髪にその優美な長い指が絡められた。
「そうだったな・・・・・・わたしには・・もう一人『母』がいたのだったな。」
「ええ。そうよ。わたしにもあなたのお母様が・・・・・・・そうだ!」
「キャロル?」
「・・・・・あ・・・・でもカーネーションはないわよね・・・きっとこの時代には」
「カーネーション?」
「わたしの世界では『Mother’s Day』っていう日があるの。5月・・古代エジプトの暦ではいつ頃になるのかしら?たぶん収穫期の中ごろだから季節的にちょうど今頃だと思うのだけど・・・子供から自分の母へ感謝を込めて、年に1度カーネーションの花を贈る習慣があったのよ。・・・・・普通は赤いカーネーションだけど、亡くなっている場合は白のカーネーションを贈るの。・・・気持ちの問題だから、花の種類はなんでもいいわよね。」
「そなたが選ぶならどんな花でも喜ぶであろう・・」
「そう?本当にそう思う?」
「ああ。」
「じゃあ、今すぐ摘んでくるわ。待ってて♪」
思い立ったらじっとしていられない。
満面の笑顔で庭へ駆け下りてゆく。
ふわりとすそを翻してゆく様が正に花そのものだった。
母親譲りであろう端正な口元に淡い微笑がゆらぐ
しばらくの間、そのまま花に埋もれる愛しい妃の姿を愛で眺めていたが、カタリ・・とメンフィスは立ち上がりゆっくりとキャロルの後を追った。
「・・? メンフィス?どうしたの?」
もうすでにキャロルの華奢な腕の中にはあふれんばかりの真っ白な花束が出来上がりつつあった。
「・・・・・・やはりな。そのようなことであろうと思ったぞ。」
「え?」
ガサリ・・とメンフィスがすこし小脇へ手を伸ばした。
パキン・・・ ポキン・・・・・
「メ・・・メンフィス・・・」
キャロルが仰天して目を見張る
「赤でよいのだな? わたしも種類はわからぬぞ。」
――― 我等の母へ捧ぐ花 二人の子より感謝を込めて・・・・・・・
Fin.

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