愛の奥宮殿へ                     

chapter 4

〜王妃の宴〜
V



「おお・・・・賑わっておるな。」
「メンフィス!」
「ファ、ファラオ!!!」

まもなく夕刻という時刻。国事を早めに切り上げてきたのだろう。
少しくつろいだ風の衣装をまとい、エジプト王メンフィスが奥宮広間へ姿をあらわした。
ゆったりとしたうすい肩布を翻し、まっすぐにキャロルの座す場所へ向かう。
それは女性の花園に一種青い薫風が通り過ぎてゆくようだった。
一瞬にして広間に緊張が広がり、あわてて侍女たちは一斉にその場にひれ伏そうとする。
王はキャロルの席の背後までたどりつくと、手を振りやんわりとそれを静止した。

「よい。そのまま続けよ。これはキャロルの宴だ。わたしにかまう必要はない。ところでキャロル・・・わたしもここでくつろがせてもらってもよいものか?妃よ」
「まぁっ。だめだと言ったらひきさがるの?」

羽扇で口元を隠しくすくすと笑いながら、座っている自分の背後から回された逞しい腕にそっと白い指をかける。

「今のところそなたから招かれた覚えがないからな。だから聞いている。」
「『スポンサー』に『No』なんて言わないわ。」
「?」

斜め後方を悪戯っぽく見上げながらキャロルはおかしそうに笑った。
甘えるようにその腕を引っ張る。
シャラ・・とキャロルの繊細な黄金の腕輪が音を奏でた。

「わたしの隣でよろしければどうぞ。あ・・ごめんなさい、ここメンフィスにはちょっと狭いかもしれないけれど。」
「そうか。・・・確かに少々手狭のようだな。ではこうしよう。」
「きゃっ!!!」

メンフィスは嬉々としてするりと隣に滑り込み、同時にひょいとキャロルを自分の膝へひきあげる。

「ふむ。これならちょうどよい具合ではないか。(ちゅっ♪)」
「いやんっ!もう!メンフィスったら!!(真っ赤)」

仲の良い二人の様子にひきずられるように張り詰めていた場の空気が和んでいった。
美しい王が愛を語るこういう情景は、たとえ失礼だとはわかっていてもいつまででもながめていたいものなのだ。
次第に笑顔と楽しげなざわめきがもどってくる。
側にいた侍女の一人が盆をささげて遠慮がちに近づいた。

「ファラオ、どうぞお飲み物を」
「おお。・・・・・・・キャロル何を飲む?」
「わたし?」

手にした杯をまず先に膝の上のキャロルに渡しながらメンフィスは問いかけた。

「何がよい?」
「え・・・ええと・・・・じゃあマンゴーのジュースを・・・」

目線だけでそばにかしづいていた侍女にそのように指示を出す。
その侍女があわててその果物の飲み物のはいった壺をかかえてもどってくると、王は侍女に注がせず自分の手にその壺を奪い取った。
そして、自らなみなみとキャロルの手の中の杯に勢いよく注ぎいれてゆく。

「わっ・・もう、もういいわ!こぼれ・・」

へりから液体が盛り上がり表面張力でこぼれる寸前だ。
こぼさぬようこわごわ慎重に杯を持つキャロル。
そこへメンフィスが顔を寄せ、キャロルが支え持つ杯にいきなり口をつけた。

「メンフィス!!」

ものすごい至近距離でメンフィスがキャロルの杯の飲み物を飲んでいく。
だが、それはほんの少しの間だけだった。
いまにもこぼれそうだった分だけを吸い上げ、口をはなす。

「甘い・・・」

すこし顔をゆがめていうそれは、明らかに自分の好みではない味であったことを示している。
メンフィスははっきり言って甘いものは口にしない。
濃厚な、舌や喉にのこるような甘さのものは特に。
果物でもさっぱりした味覚のものの方がどちらかというと好みのようだ。

「だったら最初からやめておけばいいのに・・」
「ふん・・毒見だ。安心して飲むが良い」

メンフィスは唇に少しのこったしずくを手の甲でぬぐいながら、呆れ顔で自分を見上げるキャロルを見てそう言った。
ちょっとじゃれついてみたかっただけなのだろう。
思わぬ甘さの飲み物に少々失敗してしまったようだが・・・。
メンフィスから頬に口直しの軽いキスをされてから、ふと、キャロルはいたずら心をくすぐられてしまった。

「そう?じゃあ、はい。」
「?」
「これも食べてみる?」

小さな皿にとりわけられたものを差し出すキャロル。

「わたし、これも『大好き』なの。メンフィスもどう?」

蜂蜜シロップにつけられたフルーツポンチのような、見るからに『激甘』デザートだ。
一瞬メンフィスの顔が引きつる。
それはしっかり見なかったふりをして、キャロルはそれはそれは嬉しそうに勧めてみる。
満面の笑みで 『はい、あ〜ん。』 とばかりにフォークに小片までとって。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

輝くような愛しい妃が手ずから自分に勧める姿。
吐息も触れ合うほどすぐ側で、わが胸のなかに寄り添って。
人前でこんなにあからさまに甘えた妃はめったに見ることなどできない。
最高のシチュエーションではあるのだが、なんにしても差し出されたものが悪い・・・・

どちらの『甘さ』を選ぶか―――

考えるまでもないだろう。

なにより前者はあまりに魅力的すぎる―――――
両天秤をのせる瞬きひとつ分のときを経て・・・
メンフィスはおもむろに唇をひらいた。

――― ぱく・・・

口に含んだ瞬間、閉じていた瞳をぱちっと開きキャロルの青い瞳をじっと覗き込む。
熱のこもった熱い視線―――
あまりに真剣な見つめ方に一瞬キャロルはたじろいだ。

(こやつめ・・・覚悟いたせ)

「え・・・え・・・と、 えと・・あの・・・・」
「・・・・・・・・」
「お、美味しい?・・・あの・・・・・や、やっぱりだめだった?」
「――― 『やっぱり』だと?」
「あ・・・・・!」

しばしの沈黙
じろりとメンフィスに無言でしかられ、いたずらっ子に輝いていた瞳がしゅん・・とおちる。
キャロルはちらっと上目遣いに視線で(ごめんね・・)といってみた

ふぁさっと大きな手のひらがキャロルの頭をなぜる。
「―――わかっておるわ。わざとだと言う事ぐらい。」
くしゃりと黄金の髪をつかんでこちらを向かせ、すこし笑いながら続けて言った。
すい・・・と、キャロルの細い顎にメンフィスの指がかかる。

「ならばわたしの好物も知っておろう?それは食べさせてはくれぬのか?」
「好物?」
きょん・・と青い目がみひらく
「――――――」

微妙な間が・・・・・二人の間に流れた

「・・・・・・・・・まさか知らぬとでも言うのではあるまいな」
「えっ?そ、そ、それは・・・・・」

キャロルはあわててぐるりとテーブルの上の料理を振り返る。

鴨の香草焼き
鶏肉の炒め物
ローストビーフにお魚料理
貝の蒸し焼き
香ばしいシシカバブ
スパイシーな野菜のスープ
肉汁がジューシーでとっても美味しいひき肉の包み揚げ・・・・などなど・・・

ありとあらゆる料理のひしめく中、キャロルは思いっきり焦った。

・・・・・わからないのだ・・・

今までの記憶を一生懸命引き出してみる。
好んで食べていたもの????
メンフィスの大好物なお料理???

(お菓子やデザートは別として・・・・・い、一体・・・何が一番好きなの????!!)

キャロルは思わず愕然とした。
うまい・まずいもなく、割と淡々と食事をする光景しか思い出せない。
二人っきりの食事のときは、メンフィスの分を大皿からとりわけたりして差し出すことも多々あるのだが、どれを選んでも特に文句もなくにこやかに口にする。
自分が以前作って無理やり食べさせた焦げたパンや卵料理オンパレードの時でさえ、ペロリと完食してしまったメンフィス。
(どうしよう・・・どうしよう・・・わたしったら妻なのに夫の好物さえ知らないだなんて!!!!)
あたふたと戸惑うキャロルの様子に、メンフィスは更に眉間にしわを寄せた。

「・・・・・・・・・キャロル」
「ご、ごめんなさいっっ!! こ、これ? それともこれっ?」

ぐっとトーンが下がった不機嫌そうな声に、キャロルは慌てて手当たり次第に皿を並べてメンフィスの様子をうかがいだした。

「・・・・・・・そなたというやつは・・・・・(←ちょっとこめかみに怒りマーク)」
「だって・・だって本当に分からないんですものっっ!!怒らないで!!怒らないで!ごめんなさいっっ!!」

そのせりふとともに最後にずいっと目の前に突き出されたのは「鳥のから揚げ」の皿。
すでに周囲に数種の料理がメンフィスの前にバタバタとひっぱり置かれている。
もう何でもいいから選んでみました状態だ。(・・・・やけくそとも言うだろうか?)

「・・・・・・・」

メンフィスはため息混じりに、その差し出された皿のから揚げを一つつまんで頬張った。

「心外だな・・・そんなことも分からぬとは・・・・」
「だから!!!ごめんって・・・でもほんとに何なの?何が好き?ねぇ、教えてメンフィス」
「・・・・・・・・」
「メンフィスってば・・・」

口をとがらせダダをこねる妃に、なんと答えてやろうかと逡巡しているようだった。
なかなか口を開かない。

「わたし・・・・あなたの好物を作って食べさせてあげたいのに・・・・そりゃあお料理は下手かもしれないけれど・・・」

そう。それはキャロルのあこがれだった。
愛する夫の帰りを待って、得意料理を食卓にならべて・・・
そんな光景をキャロルは小さい頃から思い描いていた。
大きくなったらママのように素敵なマダムになることを夢見て―――。
お帰りなさいと(レースの)エプロン姿で振り返りながら、優美な手つきでオーブンから出される美味しそうなお料理の数々・・
現代ならば・・・普通の家庭を築いていたならば、きっとそんな毎日の幸せが訪れたことだろう。
(↑ただしちゃんと、家庭科の技術(?)がキャロルに身についていたら・・の話だが)

「このあいだのように火傷をして・・指を怪我だらけにされては困る・・・」
「そっ・・・そんなことないわよ!!あれはちょっと古代の道具が使い慣れなかっただけよ。」
「どうだかな・・・・」
「今はもう、少しは・・ううんこれでも随分慣れたのよっ!練習すれば・・・」
「・・・・・・・・まぁ・・よい。そなたの作るものならなんでも美味だ。」
「それじゃぁ困るわ!ねぇメンフィス」
「・・・・・・・・・・」

ふっと口元をかすかにほころばせて、ほそい顎をすくい取る。
メンフィスはキャロルの唇にKISSをした。
甘く・・・・そっと、やさしく。

「・・・教えてくれないの?」
「いまだに分からぬそなたが悪い。それに答えならもう教えているつもりだが?」
「え?」
「鈍感なやつめ・・・・これだけでは食べ足りぬ」
「???????????」


さて・・・
答えは何だったのでしょうか?
賢明な皆様にはとっくにお分かりですよね。
え?わからない?
困りましたね・・。では、ナフテラ女官長にお伺いしてみましょう。


「ほほほ・・・それは・・・もちろん存じておりますよ。」

若い侍女たちが、興味津々で同じ質問をナフテラに問いかけていたらしい。
にっこりと微笑んで少々得意そうに答えていた。

「ごくごく簡単なこと。今もたいそうご満悦にご賞味なさっておいでですよ。」
―――振り返ると・・・
「・・あ、なるほど・・そうでしたわね」
「おかげで、お嫌いなものがなくなったのですよ・・あれだけ偏食でいらしたのが不思議なくらいに。」


ファラオは熱い口付けの真っ最中。
どんな料理も最高級の味におもわせる魔法の一品。


「・・・・・・・・メンフィスさまもお人の悪いこと・・不機嫌そうにされているのはワザとですわよね。あれ。」
「キャロルさまをからかって楽しんでいらっしゃるのよ。」
「この謎かけは当分続きそうねぇ・・・。王妃様、きっとこれから必死でファラオのお好みを知ろうとなさるだろうから・・・・・」

食卓でのラブラブ展開はほぼまちがいなし―――

「王は王で絶対答えを教えようとはなさらないでしょうしね・・・」
「あら・・・そんなこと分かりませんわよ♪王妃様のおねだりに案外今にも答えてしまわれるかも。」

赤面しながら侍女たちはくすくすと微笑んだのでした。






    

美月様作 王妃の宴・番外編『スキキライ』
(ファラオご幼少時代の偏食エピソード♪こちらも是非どうぞ。)