王家の谷へ

Shining Days


「キャロル」
「なぁに?メンフィス?」
「こちらへまいれ。よいものをみせてやろう」

手にしていた物を軽く持ち上げてバルコニーの下にいる妃へ見せた瞬間、思ったとおりぱぁっと目を輝かせてぱたぱたとこちら側に走って来た。
左右に揺れる黄金の髪がなんとも鮮やかで美しい。
紅潮した頬に息を弾ませて階段を駆け上がるキャロル。
裾を翻して走りくるさまは、子供がおもちゃか何かをあたえられたかのような無邪気さだ。
「キャロル!」
「地図?ねぇ、このあいだ言ってくれていた世界地図?」
「ああ。」
「見せて見せて!!ねぇ早く!」
「こらキャロル。おい!」

ドンっとぶつかるようにメンフィスに抱きつき、手にしていた巻物に白い手を伸ばす。
すかさず反射的に思わず取られまいと上に持ち上げると、それこそ子供のおねだりだ。ぴょんぴょんと飛びあがり、一生懸命指をのばしてその巻物に触れようとする。

「メンフィス、もうメンフィスったら意地悪しないで!」
「おちつけ馬鹿者!奥でいくらでも見せてやるに・・・・皆がそなたを見ておるぞ。」
「!」
「・・・まったく、こまった王妃だな。少しは自覚いたせ。」

そうは言いながらもメンフィスはほんのカケラも困ってなどしていない。
その目は限りなく愛しげに優しく光っている。
妃となったキャロルが自分に甘えてすがりつくさま・・・この様子が衆目を集める事にも一種の快感を感じていた。
キャロルが周囲の視線に気づいて真っ赤になって慌てる様も。
「・・・あ・・・やだわたしったら・・・」
おろおろと小さな失態を恥ずかしがり、自分の胸のなかでうずくまる様も。
みな、いつまででも見つめていたい愛しい姿だった。
だからよけいにわざと困らせてやりたくなってしまう。

「礼はないのか?」
「え?」
「わざわざそなたのために取り出してきてやったのだぞ。受け取る前にしかるべき礼をしてもらいたいものだ。」
「礼って・・・?」
目をみはるキャロルにメンフィスは目線をあわせてにやりと笑う。
「こういうことだ」
「!!!」
覗き込んだ姿勢のまま、メンフィスはキャロルの唇を奪った。
柔らかな感触―――
「そなたからの礼がないなら、これはおあずけだな」
「そっ!!そんなっ!!」

みんなの前でKISSをしろ・・・・だなんて・・・

キャロルにだって分かっている。
地図のことは只の口実。愛しさのあまりにでた言葉だと言う事くらい。
誰もいないところでなら、いくらでも答えてあげるのに・・・・
「・・・・・・本当に意地悪なんだから・・・・」

どうしようか・・と少しの戸惑いと葛藤の後、キャロルの腕がメンフィスの肩にかけられた。

チュッ(Smooch)

どっとあがった周囲の歓声
それに反して大いに不満げなメンフィスの視線があった。
「・・・・・・・・・・・・」
メンフィスの『頬』にそっと口付けたキャロルはいたずらっ子のように微笑んだ。
こそっと耳元にささやき返す。
「(あ・と・で・・・・ね)」
するっとメンフィスの手からお目当ての地図の巻物を奪い取り、嬉しそうにそれを抱きしめた。
「ああっ古代エジプトの歴史地図よっっ! どんな世界観なのかしら?興奮して開けるのがワクワクしちゃうわ!!」
地図を手にした喜びのあまりか、くるりとその場で1回転ターンして踊るようにはしゃいでいる。
さきほど注意したばかりだと言うのに、もうすっかり「王妃」だと言う事をわすれてしまっているようだ。
(こやつめ!わたしよりも地図の方が大事なのかっ!!・・・だいたい普通『頬』ではないであろう!!)
「メンフィス、メンフィス、早く早く!一緒に見せてくれるのでしょう?」
待ちきれないように宮殿の中へ駆け込もうとしながら、キャロルはまだバルコニーで佇むメンフィスをせかすように振り返って声をかけた。
「メンフィス―っ!!」
その笑顔に一瞬にして全てが溶かされてしまう。
そうなのだ・・・あれはこのわたしだけに向けられた微笑。


追いかけなければ・・・

わたしの未来を導く愛しいキャロル。

だから追いかけねば・・見失わないように・・
どんな時でもわたしの側から離さないように・・

・・・・・?
なぜだろう・・・足が重い

こんなに走っているのに追いつかない・・・
体が重い・・・

キャロル・・・
キャロル

そなたが・・・・なぜか遠くみえる――――






********************************


「!」
小さく耳元で響く気配
覚醒して見開いた瞳に闇夜が映った。

「・・・・・・・・・・・・・!!」
ガサリと上掛けをよけようとして、小脇になにか柔らかな塊がそこにあることに気がついた。
「・・・・・・・お前か・・・」
ふにっとした白い毛玉・・・緑色の瞳
かつてキャロルに与えた仔猫がいつのまにやらメンフィスの寝台にもぐりこんでいたのだ。
「無礼なやつめ・・・・・ここに眠ってよいのはわたしと・・・キャロルのみなのだぞ」
首根っこを掴みあげ放り出そうとした時、消えそうな声でその猫が鳴いた。
しばしそのまま猫の顔を見つめる。
首につけられたちいさな蒼いリボン
キャロルがつけてやっていたものだ。
「・・・・・・・お前も・・・キャロルをまっておるのか?」
ぽふっと膝の上におろされ、また小さく細い泣き声をあげた。
細くすべらかな長い毛並はキャロルの髪のやわらかさにどこか似ているような気もする。
これがそばにいたために・・・・
キャロルの暖かさまで感じる夢をみたのか・・・
重くて・・・だから走れなかったのか・・・
小さな自嘲気味な苦笑がメンフィスの顔に浮かぶ。
だがすぐにもその表情は硬く沈んだ。

かるく長い黒髪をかきあげ、もう一度背を広いベッドに沈める。
かつて・・・笑いさざめいていた日々―――
そなたと見入った未来の世界・・・一つ一つ指で追った地図はいまもここにあるというのに

そなただけがいない――――


もう夢にみることでしかそなたに逢えぬのか・・・・
わたしの妃はそなただけだ
誰もかわりにはならぬ・・
そなた以外をどうしてわたしが抱けるというのか―――

キャロル・・・・

夢でもよい―――
今一度そなたが欲しい・・・・・


そなたのいない世界はあまりに冷たく苦しすぎる――――


Fin.





王家の谷へ

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