Pyramid W
「きゃぁぁぁぁぁぁぁあっっっっっっ!!!!!」
がくがくと崩れすわり、腰が抜けたようにへたり込む。
絶叫が巨大な空間に反響して、余計に恐怖を掻き立てる。
「あ・あ・あ・・あああああっっ」
言葉にもならない震えと戦慄に、心臓が鷲づかみにされたようだ。
「・・・くっくっくっくっ・・あっはっはっはっ」
明るい声音が頭の上から振り落ちてきた。
「・・・・・そんなに驚かなくったって・・」
「え?・・・・!」
「お姫様、ここは王族の人でも勝手に入ってはいけない所なんだ。」
恐る恐る見上げたその先には、黒目がちな一人の少年が腰をかがめてうつむき
へたりこんだキャロルを覗き込んでいた。
「でもまぁ、お姫様くらいかわいらしい人なら、誰もが許してしまうかもしれないけどな。」
14〜15歳ぐらいだろうか?少年はおかしそうに、例の重厚な扉の方に指を指して意味深に片目をつぶる。
身なりのいい衣装、よく手入れされた黒髪、額に美しい黄金の飾りもはめている。
そうとう身分のある家の子息のようだ。
「ご、ごめんなさい。びっくりしてしまって・・・・。
お墓の入り口にまで来ていたなんて本当に知らなかったの。
やっぱりここ、ピラミッドの真正面なのね。すっかり迷ってしまって・・・あなた、神殿の人?」
「まあね。ここで暮らしているから。」
神官になるため貴族の子弟が神殿に住まい学ぶこともある。高位の地位にあるものならよけいそうかもしれない。
まして、ここは下エジプト最大の神殿だ。その人数もかなりのものだろう。
「噂に高い王妃様に、間近にお目にかかれて嬉しいよ。
本当に聞いていたとおりに行動するのだから・・・予想をうらぎらなくて面白かったな。」
にやりと笑って手を差し伸べる。白い歯と左頬だけにできるえくぼが印象的だ。
「も、もしかして、ずーっとつけて見ていたの?」
「実は神殿に潜り込む時から。とことん王妃様らしくない王妃様っていうのは本当だな。
変に感動したくらいだ。・・・・どうして言ってくれなかったかなんて聞かないでくれよ。
王妃様の楽しみを壊すなんて野暮はしたくなかったからさ。」
知らずふくれっつらになっていたようだ。
それが面白いのか、もっとからかうように少年は話し続けた。
噂どおり・・という彼の「噂」とは、どうもキャロルとしては「恥ずかしい面」
のことについての噂でしかないようだ。
年少の男の子の間でからかわれるような・・・そんな類だ。
その言葉におどらされ、むきになっていちいちかみつく自分も自分だが、
それでも内心許してしまえるのは、この少年の軽口にはあまり嫌味がないからかもしれない。
本当なら、王妃である自分と話すのに、こんなにくだけたしゃべり方は
どんなに年少のものだろうが許されることではないだろう。
また、反対に接する側も、相当な緊張を余儀なくされるものだ。ある意味とても新鮮だった。
久しぶりに肩の力が抜けるような気がしたのだ。
幼馴染の友達と話すかのように、とても気さくな雰囲気が漂っていて・・・・
「まあいろんな人間が表に来るが、あんな奥まで入ってきたのはお姫様を含め3人ほどかな。」
「?」
「全く千差万別で、本当に見ていて面白い・・・
・・・・平穏祈願・病気平癒・一族の繁栄・・・呪いを願掛けにくる者もいれば、
人がこないのをいいことによからぬ事を画策しにくる者もいる。
それにしても、心底『遊びに』きたのはお姫様だけかな。」
「遊びにだなんて!見学よ。王妃としてなんでもしっかり見知っておかなきゃいけないもの。」
さも当然とふんぞり返るキャロル
「くっ」
「なによ!なにが可笑しいの?!」
「みんなに黙って抜け出して、裾ひるがえして、垣根よじ登って?それで見学ねぇ?
どだい大エジプト帝国の王妃さまがするようなことじゃないと思うがな?」
「う・・・」
たしかにそのとおりで、反論できない。
やりこめられて悔しそうにしているのを、腕を組みながら少年は可笑しそうに
余裕たっぷりに喉の奥で笑う。
これではどちらが年上かわからない。
「だからお姫様は面白いのさ。」出口へと先導していた少年が急に足を速めた。
「・・・やれやれ・・・今日はお客の多い日だな・・・。せっかく人が楽しんでいるところを・・・」
「あ・・・まって!どうしたの?そんなに急いで・・・」
瞬時に口元に手をかざされ、それ以上しゃべるなと暗に示唆された。
少年の向いている方向は、キャロルではない。
真っ直ぐ、暗い前方を睨み付けるや、側の小さな通路に顎をしゃくってキャロルを誘導する。
(何?!いったい?!)
先ほどまでのからかいがちな雰囲気はスッと消え去っている。
殺気・・・
少年の体から、どこか記憶のある感覚が漂いだしていた。
背にいるものを庇うように立ち、鋭い視線でなにかを射殺すかのような瞳が欄欄と光る・・・
メンフィスが危険を察知した際、自分を庇い守る時と同じ、あの緊迫した感覚だ・・。
―――危険―――・・・・・・静かに・・・!!
思わず息を殺して、少年の様子に従う。向こうは暗くて何も見えない。
なのに、少年の瞳は、しっかりと焦点を合わせているかのようだった。
確実に彼の視線は獲物を捕らえている。
程なくして、人の気配が近づいてくるのをキャロルもはっきりと認識した。
男が2人・・・・・いかにも妖しい様子だ。何かを探しているようにも見える。
「・・・・・確かに、ここに入っていたのだろうな・・・」
「ああ。間違いない。遠めに見ても、あれは確かに王妃だった。」
「奥をさがせ!おれは出入り口周辺で見張る。
・・・・・・千載一遇の機会だ・・・必ずしとめろ!ぬかるなよ!」
「おう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
血の気が一気に引いていく・・・・
(私を・・・狙っている?・・・・どうして?!)
どう見ても親切に迎えに来てくれた者ではない。
男が手にした剣が鈍い光で反射する。
じっと目の前を通り過ぎていくのを、ひたすら小さくなって待つが、
体の震えは止まらない。
下エジプトの兵士・・・・・・・!!! ・・・まさかアイシスの?!
差し込む日差しに浮かび上がる兵士の横顔に、パズルのように記憶の糸がつながる。
神殿の祭司・下エジプトの女王アイシス・・・自分に降りかかる度重なる暗殺事件・・・
・・未遂に疑惑・・・・ここに彼女の忠実な臣下が残っていても、なんの不思議もない。
自分を慕う人間が大勢いるように、アイシスにだって沢山の臣下がいた。
たとえ敵国に寝返ったとはいえ、女王の運命の不幸を心底嘆く部下たちがいても当然だ。
そして、今尚、彼らが自分を疎ましく思っているのなら・・・・
(・・・・それ以外のなにものでもないだろうな。あれは・・・)
《え?!》
今のは?!
少年の声・・・?!
いや、なにもしゃべっていないはずだ。
だって、いまそこを兵士が通り過ぎているところで・・・・・・・!!
おもわずその背を見上げる。
前方を向いていた少年は、キャロルの驚きに気づいたかのようにゆっくりと首をまわして振り向いた。
口元がかすかにあがる。驚き半分、面白がり半分といった表情を浮かべている。
ひだりのえくぼが形をなして・・
「行ったな・・」
遠ざかる足音と気配を確認したしばらく後、少年はひょい・・と人差し指である方向を指し、
先にキャロルをそちらへ向かわせた。見ると小さな扉がある。そっと押し開けると細い階段が上部へつづいていた。
(抜け道?!)
「1本みちだから大丈夫。このまま行けばお姫様のよく知っている場所につく。」
「あ、あなたは?どこにいくの?待って!危ないわ!!一緒に!!」
慌てるキャロルに、少年は小さくウインクして大丈夫だと念をおした。
「ここは大事な住処だからな・・・・・・。
お気に入りの場所で気に入らない奴にうろちょろされるのはどうも虫唾がはしる。
どうせ来てくれるなら、貴方のような元気なお姫様のほうがいい。
ちょっと以前は絶世の美女が泣き暮らしててね。あれはかなり見てるほうも辛かった。」
「えっ?」
「また来るといい。でも今度は周りにちゃんと知らせてからにするんだね。心配してる。物凄く。」
パタン・・・
「!!!だめよっ!!!開けてっっ待って!!」
閉められた扉は鍵をかけられたかのようにどうやっても開かなかった。
力ずくで押し開けようとすれば、きっと物音が立つ。暗殺者に気づかれかねない。
「!!ちゃんと逃げてよっ!!わたし、すぐ助けを呼んでくるから!!!」
一目散にキャロルは狭い通路の階段を駆け上がり走り抜けた。
途中下りばかりや曲がりくねるところもあったが、彼の言うとおりひたすら1本道だ。
意外と天井も高い。
(一体どこまで続いているの?!でも彼は一体・・・!!)
猛ダッシュで先を急いだが、やはり全体に非常に暗い。
どちらを向いて通路が作られているのかも分らなくなってくる。
なんどか足を引っ掛けてこけてしまうこともあった。
足が重い・・・
階段の多い通路のため、息も上がり、両足がガクガクになってきたころ、
ようやく突き当りらしきところにぶち当たった。上に向かったはしごがついている。
そのさきに、レンガの穴がみえた。
ならべておいてあるだけで、ひきぬけば簡単に人一人くらい出られそうだ。
ゴトッ・・・・
まぶしい光が眼を射抜く。
細めた瞳に写ったのは青いナイル・・・
振り仰ぐと、天にも吼えそうな巨大な石像が視界を占めた。
「スフィンクス!!!!なんてこと?!!」
神殿の入口の真正面だ。ピラミッドはかなり後方に見える。
あそこから、どこをどう通して作られていたか分らないが、
おそらく非常事態の時為に用意された、脱出用の秘密の通路だったのだろう。
「キャロルっっ!!!!!」
「えぇっ?!」
「そなた・・・・!!!!一体どうしてここにっっ!!!」
振り返った先に、疾走する十数騎の騎馬の姿があった。
ひときわ目立つ黒色馬・・・・・メンフィスがこちらに向かって走り来る!
「メンフィスっっ!!!大変なのっっピラミッドに・・!!男の子が殺されるっ!
早く助けに行かないとあの子が、あの子がっっ!!!!!」
血相かえて馬から飛び降り、猛然と駆け寄るメンフィス
キャロルは息切れでかすれた声に鞭打って必死で叫んだが、メンフィスはそれどころではない
「そなたが消えたと聞いて肝をひやしたのだぞっ!!
急ぎ引き返してくればこんなところで・・!!
いつもいつも、そなたという奴はっっっ!!!大馬鹿者めっっっ!!!!
どれほど心配致したことかっっ!!あああ無事でよかった・・・キャロル・・キャロル・・っっ」
ひしと抱きしめ、額に頬に唇に、その存在を確かめるように口付ける
なのにキャロルは、じたばたともがくばかりだ
「メ、メンフィス!!あとでいくらでも誤るわっ!!お願いよっ!!早く神殿へ!!」
「ええいっ!!なにを暴れるか!!神殿がいったいどうしたというのだ?」
「わたし殺されそうになったのよ!!」
「なっ なにいぃっ!!」
「ピラミッド神殿の奥で・・わたしそれで必死にここまで逃げて・・」
「それで?怪我などしてはおらぬな?大丈夫なのだな?」
「わたしはいいのっっ!!それより、神殿に男の子が・・・・っっ!!
彼があそこにまだ残っているのよ!
わたしだけに抜け道を使わせて一人・・・・・・・お願いメンフィス、助けてあげて!!」
涙で顔をぐちゃぐちゃにしてすがりつくキャロル
よほど怖かったのだろう。メンフィスに抱きしめられてから堰を切ったように嗚咽している
よくみれば、髪も衣装も、埃や砂をかぶって泥だらけだ
尋常ではない
宮殿の目と鼻の先で、キャロルに危害を与えるものが徘徊していることになる・・・!
「あーっっっキャロル様!!!キャロル様、ご無事で!!!」
メンフィスの帰城の知らせに飛んで走ってきたウナス
キャロルの姿を認めて嬉々としてその足元に飛びついた
「良かった!!ご心配申し上げていたのですよ!!ああ、本当によかった!!」
「ウナス!すぐキャロルを宮殿につれて帰れ!ミヌ―エ、神殿にいくぞ
不審なものは全てひっ捕らえよ!容赦いたすな!」
「はっ!」
「待ってメンフィス、私も行くわ!」
「ならぬ!ウナス、私が帰るまでキャロルを決して宮殿から外に出すな!!」
よいな!今度勝手をさせたら許さぬぞ!!!」
「は、はいっメンフィス様!」
「メンフィスっっっ!!そんなっ」
「言うことを聞け!!ミヌ―エ参るぞ!」
有無を言わさず睨み付け、厳しい表情でキャロルをウナスに預け、馬上の人となる
「安心致せ。必ずその者助けよう。」
なにかを言いかけたキャロルに、先に答えで封じ込め、馬首を返した
ガガガガガガガ
一斉に数騎の影が小さくなっていく
「キャロル様、お怪我は?」
「―――ないわ。・・・・・・・・・・・メンフィス、きっとよ。―――お願い・・どうか無事でいて」
―――名前も聞いていなかった
笑うと浮かぶ笑窪、それでいてどこか凛とした表情をみせるあの少年・・
わたしが迷い込まなければ、こんなことに巻き込まれずにいたはずなのに
無事でいて欲しかった
ただそれだけを願って、メンフィスの向かった神殿を
身をきられるような思いでキャロルは見つめ続けた――――――
王家の谷
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