王家の谷へ

未 来



「だから・・・・違うのよ!わたしは未来が読めるわけでもなんでもなくて・・・もう、知らないっ!!どうせ説明しても誰にもわかってもらえないんだから・・・」
「ま、まていっ! キャロル!!待てというに!!!」


ぷんっ・・とそっぽを向いてナイル川に面する庭へ駆け下りてゆく。

「キャロル!」
「もうやめましょうよ?・・・それにどうしてそんなに未来なんて知りたがるの?知ってどうするのよ!! 」
「何を怒っておるのだ?未来を見通すそなたの英知は・・」
「英知?これが英知?違うわ!!だって・・未来は人が作るのよ! そうよ!これからみんなが・・・ 絶対に・・・・・・・・・・・決まっていることなんかじゃないっ・・・」

怒ったキャロルの口調に一瞬重い陰がふくまれる。
なにかが喉元まであがってきたのを最後まで言い切らずに、ぐっと押し黙って唇をかみしめたのが、ほんのわずかなことだったが目聡いメンフィスには気がついた。


「キャロル・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・」
「キャロル」

水際にしゃがみこみナイルの水面をじっと見つめる妃の後姿へ気遣わしげに声をかけた。

「・・・明日のことなんて誰にも分からない。わたしにだって分からない。聞かれても知らない・・」
「・・・・・・・・」

膝をかかえて小さくうつむく。
何故かメンフィスはたまらない痛々しさを感じた。
ためらいながら手を黄金の髪へ伸ばす。

ビクリ・・
触れたとたん反射的にキャロルの体が強張る。
「・・・・・・・・・・・・・・」
なだめるようにそっと頭をなでながらゆっくりと隣に座り、そのままキャロルの体を強く抱き寄せた。


「―――――すまぬ」
「!」
「・・キャロル・・・・・・・」
「・・・・・・・・わ・・・わたしは・・・」
「よい。黙っておれ。もう聞かぬ。」
「・・・・メンフィス?」
「よいのだ。かまわぬ。未来など見えなくても。」
「メンフィス・・・・・?」


(それは・・・・・そなたには聞いてはならぬことなのだな・・・・・)


どこかでメンフィスはそう直感した。
妃は『何か』を知っている。
おそらく・・・我がエジプトにとってあまり良くないことも。
実際自分たちに良い未来ばかりが来るなどありえない。
悪い未来も当然あるだろう・・・
それをこの小さな胸の中にたった一人でかかえているのだろうか。
誰にも言えない『神の領域』の何かを・・・・。

(このわたしにも触れることのできない・・神の娘であるそなただけに知ることを許された何かが・・・)

それは・・恐ろしく孤独で苦しいことなのではないか?
たった一人でかかえなければならないのか?
わたしに出来ることは・・・・ ただそなたを見守るだけなのか?

思い返してみれば・・そう、
ときおりキャロルは一人祈っている・・・
消えてしまいそうな・・思いつめたキャロルの儚いまでの祈りの姿
夜明けの太陽に
輝く星に
誰にも告げずに

(どうした・・・?)
(・・・・ううん・・なんでも・・)
(キャロル?)

そうしてふっとかすかに微笑むそなたが、時に神のように見えることがある
一瞬、このわたしが触れてもよいのだろうか・・とためらうほど
神々しく美しく・・・・
胸が詰まるほど・・ 悲しいほどに・・・・

ざわめく不安が己の中にうごめいた。


今・・腕の中から私を見上げるそなたもあのときと同じ
深い深い青い波の底へ、引きずり込まれるような・・・・

切なく・・今にも砕け壊れてしまいそうな・・泣き出しそうな瞳

何がその瞳に見えたのだ?
何をそんなに思いつめている?

キャロルよ・・そのように怯え震えるな。
どんな困難が待ち受けようと・・・・必ずわたしは己の力で未来を切り開いて見せようぞ。
安心いたせ。
だから・・・・・・泣くな キャロル。


私は・・・・・きっと・・これ以上キャロルから神の力を望んではならぬのだ。
踏み込めばたちまちそなたがかき消えてしまいそうな・・・・・・・そんな気がする・・・
そなたを苦しめるくらいなら、未来を見通す力など望みはせぬ。



神よ・・・
・・・・・キャロルさえ側にいれば・・わたしはそれだけでよい。

キャロルに辛いかせを与えたもうな
苦しい重荷を背負わせたもうな・・・・

神よ・・・最愛なる我が妃を守りたまえ
未来を見通すこの者にこれ以上残酷な世界を見せたもうな




・・・・触れてはならない妃の領域
儚げな体を力の限り抱きしめる

優しき未来を作ってやろう・・・そなたの望む・・平和で安らかな未来を・・・・
このわたしが・・・・・・己の力で・・・・・・。




Fin.



            王家の谷へ

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