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秘 密 |

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「・・・・・どうだ?技師楼の様子は」
「はい、まずは順調・・・といったところでしょうか。特に問題な事は無かった様子にございます。」
「ふん・・・そうか。」
表面上平静を装っているが・・今日のファラオの心中はずっと技師楼に向いたままだ。
ざわざわと心配が波立っているのを一生懸命「王」の顔で押さえているのだろう。
それでも、確認せずにはいられなくて、今日何度目かの問いを口にしていた。
そんな王の様子にミヌーエは少し微笑ましく思いながら報告を続けた。
「何かあるはずもございませんが。(くすっ)技術班ほぼ全員で包囲網をかけてあるのですからね。」
「・・・・・それくらいでちょうど良い。『あれ』にはな。・・・ところで奴らはこの件からはずしているだろうな。」
「はい・・。お申し付けどおり・・・ラシードとアルのみ事の真相は伏せましたが・・・どこまで隠しおおせるかは分かりませぬぞ。何分優秀な者たちですので、時をおかずして回りの様子からキャロル様が『王妃』であるということに感づいてくるやもしれません。」
「・・・・・全くもって癪にさわる奴らだ。・・・・・あやつらにだけはキャロルを絶対に任せたくはないのだ。くそっ!」
ぷいっと横を向いてふてくされている主君を見て、くすりとミヌーエは微笑を浮かべた。
「・・・・・・・ただファラオ、少し気になる事があるのですが・・・」
「何だ?」
「本当にこのままでよろしいので?」
「・・・・?」
「ラシードとアル・・・・あの二人の事です。本当にキャロル様の真相を教えずにおいて良かったものかと・・・逆効果かもしれませんぞ。」
「どういうことだ」
何か言葉を選びながらの意味深なミヌーエの口調にメンフィスは眉を跳ね上げた
「・・・・王妃さまを陰ながらお守りする指令からあの二人だけははずしましたが・・そうなるとあの二人にとってキャロル様は単純に貴族の若い娘ということに他ならなくなります。変装をされているとはいえ、お美しさにお変わりはない。王妃様と分かっていれば手出しすることは絶対にないでしょうが・・・。」
「!」
「・・・ただの貴族の娘ならば・・男としては捨てては置けない状況ともいえるのではありますまいか。」
「ふ、ふんっ・・・ばかを申すな。あれは今、宰相の一族・・・表向きは貴族の中の貴族の娘ということになっているのだぞ。研究員ごときに手など出せるものか。身分違いも甚だしいぞ。」
「確かに。・・・・・とはいえ・・・キャロル様はご性格も特異なお方。ご無礼は承知で申し上げますが・・・貴族にしては随分毛色の変わった娘と皆にはうつりましょう。実際すでにそう見られている節もございますし・・・キャロル様はもともと民とも非常に親しみやすいご性格でいらっしゃる・・・そもそも一般貴族の常識など通用しないところがキャロル様にはおありで・・・・・・」
「・・・!!!!!」
ガタっ!!!!!
「どちらに?ファラオ。会議の間へおいでになるのでしたら反対でございますが。」
「!」
くすくす笑うミヌーエの様子を目にして、ようやくメンフィスは今自分がからかわれていたのだということに気がついた。
さすがにミヌーエもそれ以上は控えることにしたようだ。
まだ半分蒼白めいたままの王の心配を軽くするよう、申し訳ない・・と、落ち着いた口調で続けた。
「そういえばご報告し忘れておりました・・・あの者たち二人ともすでにそれぞれ妻子がおりましたか。・・・たしかどちらも相当な愛妻家との報告が入っておりましたな。休みごとに国許に飛んで帰っているとか・・・・・・いや、これはミヌーエの全くの杞憂でございましたな・・・・・・大変な失礼を申しました。」
「・・・・・・・・!」
(こやつめ・・・・やってくれるわ・・・)
「・・・・ミヌーエ。」
「はい。」
「・・・・・・・・このわたしをからかうとは・・。 ・・・・そなた・・・面白がっておるのだろう。」
「滅相も無い。ただ、あの者達の件、メンフィス様にしては・・・ご対応に冷静さが欠けておいでだと思いました次第。・・・キャロル様の事となりますとどうも客観的なご判断が鈍って冷静な詰めが甘くなられますなファラオ。誠にご無礼ながら・・・ご自覚くださいますよう。 十分にお気をつけ下さいませ。」
「・・・・ふんっ」
「ご安心を。・・・・間違いはまずございませんでしょうが、もしも少しでも王妃様に不埒な事を考えようものなら、即刻わたくしの手の者共があやつらを成敗いたしまするゆえ。」
「なんだと?・・・そなたの?」
「はい。」
「・・そなたの私兵をキャロルにつけたのか?」
「は。僭越ながら・・・技師楼内にひそませている者を・・・以前のお忍びの頃よりキャロル様の警護にと配置をさせております。」
居住まいを正して、きりりとした拝礼をとる。
隙の無い万全の自信―――
「ふんっ・・」
「・・・・・・・・・」
暫しの沈黙と、互いの眼光がその瞳の奥を射抜きあい・・・
そして・・・メンフィスの口角がわずかに上向いた。
「・・・・・・分かった。ならば・・・奴らの監視はそなたに任せる。」
「承知いたしました。」
「 ・・・・・何かあらば遠慮はいらぬぞ。少しでも妙な行動を起こそうものなら存分に身の程をわきまえさせよ。」
「御意。」
ミヌーエの私兵は諜報を主とする精鋭たちだ。現代風に言えばスパイ専門の特殊部隊と言ってもいい。滅多なことでは身元がばれないうえに、彼らは男だけでなく、老人から女子供まで、場合によっては家族ぐるみでその役目を担っている。
普段は普通に社会に溶け込んでいて一般市民とほとんど見分けがつかない。その彼らを既に動かしていると言い切っているということは・・・・
(かなり以前から技師楼の中にその者たちが仕込まれていたということか・・・・)
急に新参者が見え隠れすれば怪しいこと限りない。
そんな風に不自然にならないよう、正規の手続きを踏んで技師楼内に組み込ませていたのだろうが・・・・時折、そのような、テーベ内のあちこちに施されたミヌーエの石橋を叩くような几帳面なほどの防御配置にメンフィスは驚かされる。
「しかしファラオ、あの開発部門はなかなかの逸材揃いでございますな。・・・・事前に王妃様の撒かれておかれた影響力が効いているという事もございますが。 王妃様にとってもこれから本当の意味で直属の精鋭技師集団となりましょう。恐らく彼らは今後・・・キャロル様の重要な手足となる可能性が高いかと。」
「将来的に本物の力となる忠臣を得たということか・・・・・。ふっ・・・・妃に負けてはおれぬな。」
「はい。ファラオ。」
「そろそろ時間だな。・・・・・大臣らを集めよ。会議の続きだ。例の大規模水路建設計画の件、早急に具体化しなければな。」
「はっ。」
「それにしてもミヌーエ・・・食えぬ奴だな・・・そなた。」
「宰相閣下ほどではありませぬよ。(にこ)」
「・・・・・?」
「どのようにころんでも今回の件、こうなるように仕組まれていたような気がいたします。」
イムホテップには技師楼内にミヌーエの配下が潜ませてあることはお見通しだ。
今となってはそれを見越して王妃の出入りを許したのかもしれないと思ってしまう。
・・・自分の性格上、王妃の出入りに気づけば安全のために必ずその配下を王妃護衛につけるはずだと。それも王妃に対して無粋なこともしないとみこして。・・・実際そうせざるを得なかったのだが。
「・・・・結果的に手の上で踊らされているのはわたくしも同じにございますよ。少々悔しい気もいたしますが(笑)」
「ふん、・・・・・そう思うならばそなた・・・・・イムホテップを超えてみせよ。」
「難しいご要望ですな。・・・・ですが・・努力はいたしましょう。」
「要望などではない。『命令』だ。・・・必ずイムホテップを超える『宰相』となってみせよ。」
「・・・」
「よいな、ミヌーエ。」
「・・・・・・・・・・・・・御意」
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