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秘 密 |

23
「おじょうさん!」
「嬢ちゃん!!」
「待ってたぜ! 遅かったじゃねぇか!」
「半月ほど前に話聞いててよ、無事試験に受かったんだってな!」
「はぃ・・・?!」
―――試験?! ・・何の????
「まずは新研究員の合格祝いだ! おい、みんな集めてこいや」
イムホテップとともに久々に技師楼に訪れたキャロルは、なじみのオジサン達に次々と声をかけられ、そのまま引きずられるように奥の食堂兼休憩所に連れて行かれた。
「イム・・お、おじいさま?! 合格って?(こそっ)」
「まぁ・・・そういうことじゃ。」
(・・・・・まさか本当に?これじゃぁ本当に「裏口入学」よ!?)
(『ファラオ』のお心を動かしたのじゃ。それで十分『正式合格』じゃろうて。問題はございませぬ。)
(・・・・イムホテップ・・・(汗))
「なんだぁ? お嬢、まさかここに合格したって事知らなかったのか?」
「こりゃぁ閣下もお人が悪いですなぁ。こっちじゃ合格者の中にお嬢さんの名前があって、あんときゃ大騒ぎだったんですぜ。ずっと顔みせて下さらないから病気かもとも思って心配してたんですがね、受験勉強してらしたんですねぇ。言ってくれてりゃそんなに心配しなかったのに。」
中央の席に座らされ、ワイワイと昼間から酒を持って集まるおじさんたちの中に、懐かしい顔も姿を見せた。
「お久しぶりやん。お嬢さん、お帰りぃ♪」
「あ、アルさん!」
「研究員合格おめでとうございます。」
「え・・ええ。ありがとう。 ラシードさんもお元気でした?」
「ええ。お蔭様で。(にこっ)」
「うそやでぇ〜。こいつ、この間までめっちゃ鬱陶しかってんから。」
「鬱陶しい?」
パコンとアルの頭を引っぱたいたラシードは、ちいさなカップをキャロルに渡した。
「お酒はだめだと聞いていましたからね。果物の果汁ならいいでしょう?」
「あーっ!!抜け駆けはずるいぜ!」
「じゃかましい!」
「そうや、お嬢さんの部屋、図書館の隣の研究室になったしな。」
「研究室って?」
「研究員にあたえられる専用の部屋やん。」
「しかも、お祝いに『おやじさんたち』の力作がいれてありますよ。よかったらすぐにも見てもらいたいですけど。」
「・・・・・研究室?・・・わたしの?」
そこは・・・
非常にシンプルかつ機能的な研究室になっていた。
背の低いキャロルのために書棚には便利な踏み台や簡易の脚立もいくつか用意されている。
手作りの机や椅子、その側面や背もたれには、女性の使うものらしく繊細な草花の装飾彫刻もさりげなく飾られていた。
コトン・・
その椅子に腰掛けてみると、高さもすわり心地もぴったりで、サイズを計ってあつらえたかのような出来上がりだ。
「すごい・・・ぴったりよ」
「『愛』こもってるやろ。」
「この彫刻、おじ様たちが?」
「・・・・いやぁ・・ ちょっとした暇つぶしさ」
「んなわけないやん。 本気、本気。おやっさんら超手間かけまくりやで♪ ここ決まってからずっと作っとったしな(笑)」
「・・・・ありがとう。皆さんいつもお忙しいのにこんな素敵な贈り物を・・・本当に・・・とても嬉しいです・・・」
「・・・本当に大変なのはこれからだ。・・・・がんばるんだな。」
「はい。」
「あんな、まだもう1つ見てもらいたいもんがあるねんで。」
「え?」
にこにこ笑ってアルが手招きした。
「ちょっとこっちの厨房来てくれへんか」
「?」
「じゃんじゃかじゃ〜ん♪♪」
「な、なに?なに!!これ?!」
「お嬢さん専用、『お手軽調理竈・1号』や。」
「は?」
「どんなへたっぴぃでも上手にパンやら料理出来るように工夫してあるねん。」
「下手っぴぃ・・・って・・・」
「ミヌーエ将軍が教えてくれはったんや。あれ、合格発表の前ごろかな・・。お嬢さん、もうすぐまたここに帰ってくるって事。そやからちょっと前から作ってみてたんやけど・・・・どやろ?使こうてみてくれへんやろか?実際に使ってもらわんと改良もできひんしな。とにかくこれは料理がうまい人がつこうたら全然参考にならへんのや。(ふんぞり返り)」
「・・・ようするに・・・・実験台なのね。わたし・・。」
「そうそう。・・・・ってちゃうで!お嬢さんの為に作ったのはホンマやねんから!見てみぃな、背丈ぴったりのはずやで!」
カチカチと手に炭バサミを取り出し、アルは得意満面にカマの解説をしだした。
「火傷もしにくい安全仕様でな、楽ちん足ふみ強力フイゴに扱い便利な炭バサミ付!これ、女の人でも片手で軽ぅつかめるようにかなり軽量にしてあるねん。それにな、なんと銅鍋2種類にパン焼き計量器4種と『誰でも簡単料理手本』1巻まで付けても設置経費はこんだけ。お買い得価格やろ♪そや、お嬢さんにはついでに魚焼き用の網もおまけでつけたるわ。」
「・・・・・・・」
「アル・・おまえって奴は・・・・・最初から売る気満々じゃないか・・・」
「あったりまえやん。大体お前が言いだしっぺやないか。」
「・・・・・?何だったっけ?」
「ほれ、真の料理音痴向け『絶対失敗しない計量器とパン焼き窯』作れって。」
「・・・ああ、そう言えば・・・・(はっ)」
「ふぅ〜ん・・・・そう。 真の料理音痴なの、わたしって・・・・。」
「い、いやそのっ・・・・それはただの喩え話で・・(あたふた)」
「喩えられるくらいひどいのね・・・」
「ま、まぁええやん(笑) どないにせよ上手(うま)なったらええこっちゃ。」
「そうだそうだ。」
「もうっ 」
「これで上手になんか作ったら俺らにも食べさしてな。もちろん『二番目』でええし。」
「・・・・・え?」
「お嬢さんの手作りもん、俺も、結構好物やから。」
「好物ときたか・・・・・すごいなアル。・・・本気で毒見役になれるぞ。」
「ラシードさん・・・・・(わなっ)もうちょっと婉曲な言いようはないの?」
その場がどっと笑いに包まれる。
それにしても・・・・
ふと、キャロルはアルを不思議そうに見上げた。
(『二番目』でいいから・・・・っていうのは・・・)
その問いかけのような視線にぶつかったアルは、しまった・・と、ちょっと気まずそうな笑いで鼻をかいた。
キャロルの一番は・・・
もしかしたら単純に一番に例の菓子などを振舞われているのは家族である(そういうことになっている)イムホテップと思われているのかもしれないけれど・・・でも・・・アルの言い様はそうではないようなひっかかりを感じる。
(もっと大事な人がいるんだろ?)
それを分かっていっているような表情だった・・・
「アルさん・・・あの・・・・」
「い、いやぁ〜♪ とにかく気に入ってくれたら俺としてもがんばったかいがあるっちゅーもんや。」
「・・・もちろん、嬉しいわ。本当にありがとう。」
「そりゃよかった ははははは」
「・・・・・・・・」
「・・・・な、なにかなぁ?」
「おじいさまから『何か』聞いているの?」
「え?・・・・い、いや。知らんで。なんも。ほんまに。」
「・・・・・・・・(じっ)・・・へんな棒読み。」
「うっ・・・(たらり)」
なぜうろたえるの? ・・・あやしい・・・・
「ま・・・・とにかくあれだ、・・・その、綺麗な手に火傷なんかこさえんようにせんとな。特にお嬢さんは・・・・俺らの姫さんだけやあらへんから・・・さ。」
―――姫?
「アルさん・・・・・・・・・・」
(---わたしのこと・・・・もしかして・・・)
「・・・な、何や?どないしたんや? 」
「・・・・・・・あの・・・・・」
「ま〜、そやからさ・・・・・・・・ほれ、お嬢さんはお嬢さんやろ?」
「・・・・・・・・」
その後も続く無言の問いかけにアルは天を仰ぐ
あかん・・・俺ってばあきらかに挙動不審・・・
まいったな・・・お嬢さんてこでも動きそうに無い・・・・
ったくいけてへん・・・俺ってほんま演技力なしや・・・
しゃーないなぁ・・・
「これ、・・・・また焼いてくれへんか?」
コロンとアルは自分の手のひらにそれを転がした。
焦げ焦げのあの焼き菓子だ。。。
こっそりとキャロルに聞こえるようにだけアルがつぶやいた。
「あの実験の日にな、どうせ食べはらへんやろし、あのあと残ってた分も俺もろて帰ろと思ったんやけど、なんでか気ぃついたらすっからかんでなぁ、全部持っていかれてしもたんや。」
・・・・・誰に?
・・・あの実験の日って・・・・
「・・・・・言っとくけどこれは俺が勝手に想像しただけ。他の奴らがどない思ってるかは知らんし。・・・・ただびっくりしたんや。『あれ』全部持って帰るとは・・・悪いけど普通絶対ありえへんて思ったから。」
彼は『誰が』とは言わないけど・・・・それって・・・
「色々考えて・・・・ もしかしたらそうちゃうかな〜って後で思っただけや。あん時めっちゃ怖かったんも、お嬢さんがなんか様子おかしかったんも理由を考えたらそのへんの所つじつまあうしな。 ・・・それになぁ・・・大体、そもそもあのミヌーエ将軍がわざわざ俺なんかに声かけるなんてことも無いはずやし。普通やったらありえへんって。いくら『閣下の孫娘さんのため』やとか言わはってもなぁ・・・」
「アルさん・・・・」
「・・・せやから〜、俺の考えは勝手な想像やっちゅーてるやろ。お嬢さんはお嬢さんや。ここではそれでええんやろ?ほんなら、そうしときぃな。俺もそのほうが気楽でええ。・・・・・・あくまで想像。・・・ラシードにも誰にも言うつもりなんかあらへんから。」
「・・・・・・・・・」
「誰かこっそり『知らんふりして』守れる奴がどっかにおったってええやん。 な、そやろ?俺にもちょっとだけ正義の味方ってやつやらしてぇな。」
「・・・うん。・・・・・ありがとう・・」
「・・・・・あのな、たぶん俺が知ってても知らんかっても状況は同じやと思うで。大体なぁ『クレオお嬢さんの為』の専属の親衛隊なんか自発的にとっくにできとるし。おやっさん達、腕っ節はそれなりに相当強ぇ〜から安心しとき。・・・・・この技師楼でへたな部外者なんかそうそうお嬢さんには近寄れへんと思うで。」
「なにこそこそ独り占めしてるんじゃアル!」
「どわぁっっっ!!!!」
「お嬢、次はワシんところじゃ。 こないだの水圧機改良版を見てやってくれ。」
「痛ってぇぇな!!いきなりドつくなよ!」
「銅職人のおじさま!」
「今度な、新しく出来る都のファラオのお庭の池にそいつをつけることになったんじゃ。水を噴き上げる池にするって事でな。当然ナイルのお妃様にも気に入ってもらわなならんから、王妃様の好みをちぃとばかり見立てして欲しいんじゃ。」
「え・・・・・!(ぎくっ)」
「おまんさ、王妃様とも面識があるんじゃろ?なんでも王妃様直属の女官だそうじゃないか。」
「あ・・・ええ、そ、そうです。(ドキドキ)」
「みかけによらず大したお嬢だ。このドジっ娘が王妃様の女官たぁねぇ。ほんとにそれで大丈夫なのかよ?・・おっと、宰相閣下に聞こえちゃまずいな。」
「はぁ・・・どうも・・・・(苦笑)」
がっはっはっとあいかわらずな豪快な笑い声をあげておじさんたちが我も我もとキャロルをとり囲む。
その瞳はみんなとにかく優しく懐かしい。
そしてどこに行っても、誰もが以前以上に妙に気遣ってくれるありさまだ。
みんなとは久しぶりの再会でもあったから・・それはそれでとても嬉しいのだが・・・・
その大歓迎のせいで、実際どう思われているのか・・キャロルは少し微妙に不安になった。
自分が『王妃』とばれているのかいないのか・・・
内密になっているはずだから・・・さっきのアル以外は・・あくまで自分は『宰相閣下の孫娘』であるはずだ・・・。そのはずだが・・・・
アルのように・・独自の推理から答えを推測している人もいるわけで・・・・
本当のところ、どこまでばれていないのだろう????
(わ、わたしがぐらついてどうするのよ・・・。私は今はクレオよ。そう、ただの貴族の娘!しっかりしなさいキャロル!・・・でないと、即刻この役目が取りやめになっちゃうんだから・・・)
《・・・・誰かに見破られたら・・・即刻この試みは中止ぞ。》
分かってる
分かってるわよメンフィス。
で、でもアルはおまけって言うことで許してね。本人も内緒って分かってくれているし・・『秘密』にしてくれてるし・・・
とにかくしっかりしなきゃ。
貴方のためにここでがんばるって決めたんだから!
初日から気後れしてどうするのよわたし!!
堂々と、さぁ!ばりばり働くわよ!
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