秘 密




21


「つまんねーな・・・・って顔してるぜ」
「アル・・」

ぱこっと頭の上に軽く握られた拳骨をくらい、不機嫌そうにラシードが顔をあげた。
書類に向かっているのを邪魔され、ラシードのもともと細い目がもっと細くなる。

「忙しいんだ。邪魔するな。」
「あ、そ。」
「・・・・・」
「なぁ、・・・・お嬢さん、このところめっきり顔みせへんようになってもうたな。・・・どないしたんやろ?」
「知らん。」
「かれこれ三ヶ月やぞ。なんかあったと思わへんのか?」
「何かあったとしても俺らには関係ないぞ。」
「つめてーな。・・・・実はさ〜・・・あっちの『おやっさん達』もうるさくてな。」

おやっさん達・・アルが言うと独特になまってこうなるが、普通に呼ぶと「おやじさん達」。
「おやじさん達」というのは技師楼に出入りしている強面(こわもて)の職人たちのことだ。
堅物・寡黙なたちの人柄が多いが、ラシードやアルは信頼と親しみを込めてこう呼んでいる。

「・・・うるさい? どこが?静かなもんじゃないか。」
「ず〜っと黙って威圧してきやがるの。『お嬢さん』は何で来ぅへんのやとか・・まさか嫁に行ってしもたんちゃうやろな・・ってな。お前が一番、直で話してるのが多かったやろ。それでなんか知らんか・・ってな。」
「・・・知ってるわけないだろう。おまえ俺と一日中一緒の場所にいて何を馬鹿なこと聞いてる」
「そやからさ〜、・・・おまえの顔も最近鬱陶しさ倍増やし、おやっさんらと一緒やな〜思って・・・」
「・・・・・」

「なぁ、ラシード」
「あん?」
「どう思う?」
「・・・・何が?」
「あの『お嬢さん』や」
「・・・・・・・・・」
「ずばり何者やと思う?」
「ずばり 『宰相閣下の孫娘』 だろ。」
「・・・・ああ。・・・・・そやな。」
「は?」

ラシードはようやく真正面からアルを見返した。

「なんだよ?」
「・・・・・う〜ん・・・・・・」
「・・・アル?」
「ま、ええわ。俺もよーわからん。 どっちにせよ雲の上のお人やさけな。」
「・・・? なんのことだ?」
「ええて、ええて。 ほな、またあとで。」
「アル?!」


ラシードの傍から遠ざかったアルは懐から小さな包みを取り出し、中身をコロリと手のひらに転がした。

「・・・もう残りちょっとしかあらへんやん」

墨色の焼き菓子。
見た目はよくないが、(…こげ味もとてつもなく酷いが)確かに食べられないわけでもない。
水分がよく抜けて(?)やたらと日持ちする代物だったりしている。
無理やり表面に絡められた焦げたゴマも考えようによっては滋養によさそうだし・・・・とにかく慣れればまぁ「そういう菓子」ということで納得できる。

「これ、なくなったら口さびしゅうなるなぁ」

彼女が毎日のように持ってきていた不細工な焼き菓子やパンは、右から左へほとんど大半がアルのもとに積みあがり、その量は本当にアホほど大量にあったが、なんだかんだと毎日ちまちまと食べている間にもう残り少なくなって、あとはこれだけ。

「お嬢さん・・・・次に来てくれたら、ちゃ〜んとあのちっこい背丈にあわせて、ええ専用竈を特注で作ったるつもりやったんやけどなぁ」

「・・・どんな竈だ?」

「!」

「その計画、是非聞きたい。図面があれば見せてもらいたいが・・」


「・・・・ミヌーエ将軍?!」