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秘 密 |

20
数ヶ月前からメンフィスの目にとまった技師楼からの報告書類
頻繁に見かける担当部署名
記憶に残るはずだ。
彼らの名はずっとこれらの書類に見かけていたのだから。
そして、思いを巡らす。技師楼の彼らがこの数ヶ月何をしていたかも。
彼らが何を考え、自分の知らない間に何をしていたかを・・・・
何を 『目にして』、何に 『心を躍らせた』のかを・・・
「よくも・・・・」
「え?」
「―――よくもわたしを欺いてくれたものよ・・・ これほど長きに渡り・・わたしの目の届かぬところでこそこそと・・」
「あ、欺くだなんて・・・!」
「何故わたしに相談しない?何故そなた一人で勝手に走るのだ?そなたのためならばどんなことでも『わたし』が叶えてやると何度言えば分かるっ!?」
「きゃあっ!!メンフィスっ!」
「何故イムホテップなのだ!そもそも何故先にあのような技師共を頼りにするっ!!・・わたしはそれほど頼りなく不甲斐ないというのかっ!?」
「・・そんなっ! 違う!そうじゃないわ!!」
「何が違う!故意にわたしに隠れて事を起こしていたのは事実であろう!!!そなたの一番はわたしではないのかっ!!」
「!」
「・・・わたしだけのものだ」
「・・・・」
「そなたの全てはわたしのものだ・・ そなたの思いも・・喜ぶ笑い声も・・・」
「!」
「そなたの考えも悩みも・・たとえ苦しみであろうとも・・・ 誰にも渡さぬ。 ・・・・そなたの瞳が私以外の者と・・・・・・わたしの知らぬ者共と一緒にずっと楽しげに笑っていたなど・・・・絶対に許さぬっ!!」
「・・メンフィス・・・・・」
(ファラオはの・・キャロル様から仲間はずれにされる事に対して信じられないぐらい肝が小さくて神経質でおられますからな。)
「・・・・・・・」
さっきのイムホテップの言葉がキャロルの頭をぐるぐる回転する
(・・・・・だから100の存在であるキャロル様がご自分に気持ちが向いていないと思うと、王はとてつもなく不安でしかたがなくなる。・・知らない事があると本当に怖くなる。)
「メンフィス・・・・」
先ほどからキャロルはベンチの上に押し倒されたままだ。
メンフィスが上から覆いかぶさっていて身動きひとつできない。
(え?!)
―――メンフィス?
「・・・・・・メンフィ・・ス・・」
「・・・・・」
そういえば・・・ずっと以前にも・・・確かこんなことがあった・・
「・・・・・・・・」
キャロルはかろうじて自由のきく手首を回し、ぎゅっとメンフィスの背を抱きしめた。
力の限り・・
できる限りの思いを込めて
・・・わずかに震えを感じる彼の背を・・・・・・
(―――不安でいっぱい・・なんだわ・・・・・信じられないけど・・本当に・・)
彼を受け止められるのは自分だけ・・・・
心を許せるのも・・
たった一人
・・・・・わたしだけだと
そう聞いていたではないか。
メンフィスから直接・・日ごと夜ごと・・その口から
この世にただ一人・・・・自分だけだと
そう思うと・・・急に切なくて愛しくて堪らなくなった。
ずっとメンフィスを愛してる。それは昔も今も・・これからも変わらない。
何より大切で、自分の命より守りたい愛しい人・・
・・・なのに・・ わたし・・メンフィスにこんなに不安を抱えさせていたの?
ううん・・違う・・・
知っていたはずなのに・・・ メンフィスのこんな繊細な一面を。。。。
乱暴な言葉の裏に
誰より強引な愛の影に
いつもわたし一人を追い求めていたのに
なのに・・わたしったら・・・・・
いつも行動を間違える
「ごめんなさい。・・・メンフィス・・・・。 大好き。 大好きよメンフィス。」
「・・・・・・・」
「・・心配させて・・・本当にごめんなさい。わたしが悪かったわ。」
「・・・・キャロル・・・・」
「いつも・・・・わたしが勝手なことばかりしてたから・・貴方を不安にさせて・・・・・ごめんなさい」
「・・・・・・・」
「愛してる・・・・・ 貴方だけを愛してる・・・だから・・うんと怒っていい・・。」
「・・・・・・」
「わたしが悪かったから・・・また間違えてしまうところだったから・・・」
首筋にまわした腕でメンフィスを引き寄せるようにすると、素直にその頭をキャロルの体に落としてきた。
さらさらとした黒髪をキャロルの指がなでる
時折ささやくようなキャロルの声がメンフィスを呼ぶ
愛していると何度も何度も
「・・・・・・」
メンフィスはじっとキャロルの胸元でそれを聞いていた
メンフィス・・
メンフィス・・・ 大好き メンフィス・・・・・
―――キャロルの声が心地いい
自分を呼び、抱きしめてくる細い腕にずっと身を任せていたくなる
「メンフィス・・」
「・・・・・・・」
「あのね・・メンフィス・・・・・少しだけ・・聞いてくれる?」
「・・・・・・少しだけ?」
「えっと・・・・」
「・・・なんだ?言いたいことがあるならごちゃごちゃ申さず全部話せ!」
「そ、そうね。・・ごめん」
「・・・・・・・」
「あの・・・・・」
「・・・だからなんだ?」
「わたし・・・・・わたしはね、・・・政治のことは正直・・・よく分からない・・・。わたしには・・かつてのアイシスのように政務の上で直接貴方の補佐をする実力もないもの・・・・ わたしって『王妃』だけど・・ただいつも扉の向こうで待っているだけだったじゃない・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・キャロル・・」
「ずっと・・・貴方は『心配しなくていい』『何もしなくていい』って言ってくれるけど・・・でもね、ただじっと後ろにいて・・・守られているだけっていうのは正直辛いのよ」
「・・・・・・」
「愛してるから・・・・わたしも・・わたしだって・・少しでも貴方の力になりたかったの。役に立ちたかったの・・・だからどうしても・・何か・・どこかであなたの役にたてる事がしたくて・・・。内緒にしてたのは・・・ちゃんと貴方の役にたてる自信がついたらって・・・それから話そうと思っていたの。それに・・・わたしの言動が歴史に直接係わってしまうかもしれないことも・・どこか怖かったし・・・・・・でも・・結果はかえって不愉快にさせることになっちゃって・・・」
「・・・・全くだな・・・・・・・・そなたというやつは・・・・・いつもわたしの思いもよらぬことばかりしてくれる」
メンフィスの唇がキャロルの頬をなで、そして唇に向かう
それはとても優しい仕草だった・・・
「メンフィス・・ ちゃんと怒って。」
「・・・・!」
「・・ちゃんとしかって。・・・・黙ってたわたしが悪かったのだからいくらでも怒っていいの。」
「キャロル」
「全部聞くわ。貴方の思っていること・・・・・・だから今度のことはちゃんと怒って。」
「・・・・怒ってよいのか?・・・・ほんとうに?」
見下ろした妃の顔が、小さくこくんとうなずく。
「キャロル・・・」
「・・・二言はないか?」
神妙にもう一度うなずくキャロルを愛しげに見下ろし、メンフィスは押しつぶすかのように深く口付けてから耳元でささやいた。
「・・・・では・・・・」
「・・・・」
「・・・・・・『王妃キャロル』の奥宮殿からの外出は今後一切禁じるとしよう。」
「え!!!!」
「・・・・・不服か?」
「・・・・・・・・・・・」
絶句したキャロルの顔は見ものだった。
目を丸くして、あきらかに驚愕しているのが。
「・・・・それ・・・本気?」
「本気だとも。」
「・・・・・一切って・・・・・そんな・・・」
「くちごたえは無しだ。・・・・怒ってよいのだろう?」
「・・・・・・・」
「そなたが言い出したことだ。文句などあるまい。・・・よいな。」
「・・・・・・」
「よいな キャロル。」
一瞬うらめしそうな目で見上げ、それでも言い返せない
ちいさな唇をかみ締め、思いもしなかった宣告に瞳を伏せた。
「・・・・わかったわ・・・・・・」
それがキャロルにとっての精一杯の回答・・・・・
恐らくもっと別な、罰らしい罰を思い描いていたのだろう。
これが・・・いちばんこたえる罰だとは分かっていたが
それでも・・・・
それから一言も『嫌だ』と言わなかった妃に愛しさが増した
「・・・・・愛している」
言わずにはいられなかった
どのような形にせよ
・・・・そなたを独占できる喜びに
「キャロル・・・・」
わたしの意地の悪い命令にも逆らわず頷いたそなたが尚愛しくて。
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