秘 密




19


ごくっ・・・・

緊張から生唾を飲み込み、意を決して扉を押し開ける。
もともと重厚な扉が、今日はひときわ重い。。。。
なるべくそっと入りたいところだが、部屋の主の意図が働いているかのようにやたらと大きな音を立ててくれる・・気がする。

メンフィスの居室―――


「ファラオでしたら・・奥のお部屋にてお待ちでございます。」


どこか沈鬱で心配そうなミヌーエ将軍に居場所を確認してここまできたが、やっぱり足がすくむ。
あれからずっと不機嫌に・・・相当怒っているだろうことは容易に想像がつくから・・

(・・・・・・・・イムホテップの所でちょっと長居しちゃったから・・・・・『遅い』って又輪をかけてイライラさせちゃったかもしれないし・・・)

恐る恐るそっと広い部屋に足を踏み入れる。
入ってすぐに目の前に広がる大きな居間でキャロルは立ち止まった。

・・・がらんとして誰もいない

「?」

隣の部屋に、そしてまた奥の部屋・・

「・・・・・・・・・メンフィス?」
(・・いない・・・の?)

きょろきょろとあたりを見渡しても、部屋の中に人の居た気配が感じられない。
変だなと思ったとき・・


―――― パリッ

「!?」

どこからか小さな何かが砕かれるような音がした
・・微かな音 どこかで聞き覚えがあるような
・・・テラスの向こう・・・・・


(もしかして・・・)


ある種の予想がキャロルの頭によぎる。

(でもねぇ・・・・ まさか)

・・・・それでも、確かにその音は聞き違いではないようだ。
庭先のほうで、その音は途切れずに続いて聞こえてくる。

・・・・・パキっ ・・・・ポリッ


「・・・」


奇音の出所発見・・・・・
キャロルの瞳が驚きの色をひらめかせ大きく見開かれた

イチジクの木の木陰にある水辺の聖獣石像の足元
「・・・・・・・・」
その発生源と目が合うと、世にも冷ややかな美声が響いた。



「・・・・・・・・・・・・硬い・・」


「・・・じゃあ・・・そんなに無理して食べてくれなくてもいいわよ。メンフィス。」

あきれた声で言い返してしまった。
さっきまであんなにピリピリ緊張していた自分がウソのようだ
そんなことが言えてしまうほどビックリして、スコンと気が抜けてしまう・・・

「ふんっ・・・」

怒っているんだろうけど・・
怒りながら・・・彼はバリボリと不機嫌に、手にした菓子を食べ続けている。

(そ、そりゃあ・・今までだって一緒に食べてってお願いしたら口にしてくれることはあったけど・・・・)

メンフィスは正直甘味系は苦手なほうだ。
特に菓子類はどんなものでもよほどのことでない限り自分からは手をつけない。絶対に。
その菓子嫌いのメンフィスが自分からお菓子のやけ食いする姿が・・
とにかく・・ それがあまりに奇妙で似合わない・・・

でも・・・
実は・・その「よほどのこと」で彼が手をつけるものがある。
唯一彼がなぜか口にする『例外』が・・・ある。

やはり・・手にしていたのは白い布のなかにつつまれていたもの・・・

(それ・・・さっき技師楼でわたしが出したお菓子じゃない・・・)

ということは・・『あれ』を律儀に持って帰ってきたということだ。。。 この『メンフィスが』だ。
状況からみて、だれかが届けて渡すなんてことありえないのだから。

・・・・あの場ではひとかけらも口にはしていなかったから(食べられなかったから?)、こっそり自らの懐に隠して持って帰ってきたということではなかろうか・・・?


(ま、まさかね・・)

「・・・・・・・(汗)」


独占欲もここまでくれば立派だと思う・・・・。


本当に・・・・あきれて笑ってしまうくらい。
わたしの作ったこんな下手な菓子まで、『自分だけのもの』にしてくれるのだ。
頬がゆるまないわけがない。

・・・・・・これだけが・・唯一の『例外』


「メンフィス・・・」


ぎろっ

ガンッ!!

「きゃっ」

立ち上がりざまメンフィスは苛立ちから剣の鞘で石像の足元をたたきつけ、反射的に悲鳴をあげたキャロルを瞬時に腕の中に閉じ込めその体を締め上げた。

「許さぬ!!」
「!」
「よくもぬけぬけとあのような処に出入りをしおって!!」
「メ、メンフィスっ」

力任せにぎりぎりと細い肢体を抱きしめる。

「あそこでそなたの本当の身分が知れたらどのようなことになると思う!諸外国の間者もいないとは言えぬ危険きわまりない場所なのだぞ・・っっ!!それを・・・このわたしに黙って勝手なことばかりしおって!!!知らぬ間に何かあってみよ!わたしはそなたを守るに守れぬ!!!」
「ご、・・・・ごめん・・なさい。」
「許さぬと申しておる!!」

噛み付くようにその唇を奪い、息もできない乱暴な口付けを繰り返す

「きゃあっ!」

そばのベンチに押し倒された時、倒された衝撃か勢いかでばらばらと何かが風に飛んだ

(何?・・パピルス・・・?  ・・・・あ!!)

横目に、傍に舞ったパピルスに書かれていた文字が見えた。

(測量図・・?)

技師楼管轄の印の入ったパピルス・・
・・・・・・技師楼から出された沢山の書類
いくつもの施策案
設計図に提案上申書・・・・・・

・・・・どうやらメンフィスは、キャロルがここに来るまでに、これらの書類を読みなおしていたらしい。