秘 密




18


「きっと・・・キャロル様になにかございましたら王は確実に狂ってしまわれましょう・・・・・・・間違いなく。」
「――――――間違いなく?」
「はい。それはもう綺麗に、『ぷっつり』と。」
「・・・・・・」
「そうなると、陰謀も暗殺もあっけないほど簡単にひっかかってしまわれましょうなぁ。」

恐ろしいことをさらりと笑っていう。でも彼はいつも微笑みながら核心を突く・・・。

キャロルは場の空気の重さにたまらなくなり、コトリと目の前の小さな茶器を傾け、慣れた手つきで湯のみに茶を注いだ。
イムホテップの愛用の椀を置き、『いつものように』先に彼に勧める。

「・・・・・・じゃあわたし・・メンフィスの為に余所見もできないってこと?」
「そうですなぁ・・・まこと困りましたな。ふっふっ」
「・・・・・・・どうしてそこで笑うんです・・・」
「いや、失礼を。」
「・・・人事だと思って」
「人事ではありませんぞ。なんといってもこれは国家の一大事ですからな。」
「・・・・・もう・・」

ずずっと茶を味わい、ふふふ・・と、なおも微笑をたたえるイムホテップにキャロルは拗ねたように頬を膨らました。

「ふっふっふっ・・・・・」
「なに?」
「・・・・・・・キャロル様には簡単なことでしょう?」
「イムホテップ?」
「要は王を『不安』にさせなければよろしいのですよ。」
「・・・・不安?」
「そう。原因がそれだけならば、逆に王のお心を『不安』にさせなければよろしい。」
「・・・・・・・」
「・・・・・・さて、王妃様、そのためにはどうすれば良いか分かりますか?」

珍しく、さも面白げにイムホテップがキャロルの瞳を覗き込んだ。
どんな答えが出てくるか・・・と、いかにも心待ちにして。
さすがにここまで噛み砕いて諭されて、状況が分からぬほどキャロルも馬鹿ではない。

キャロルは降参と小さく肩をすくめた。

「・・・・・・よくわかったわ。一人での内緒はやめて・・・メンフィスと『二人での内緒』にすればいいのね。」
「ふむ。・・・・・そうですな。」

イムホテップはどことなくまだ物足りなそうに、それだけですか?と意味深に微笑んだ。
これだから・・・彼は怖い・・・
その聡い瞳でうながされると居心地が悪くなって嫌でも言わざるを得ない感じにさせられる。。。。。
ぐっ・・・と、顔を真っ赤にしながら、キャロルは観念して、イムホテップが望んでいるだろう言葉を口にした。

「・・ちゃんと伝えるわ。だから・・・『愛してる』って・・・『貴方以上に大事な人はない』って・・ちゃんともっとメンフィスに言うようにするから!!////」

メンフィスへの思いは相思相愛であろうとも「一生懸命伝える努力をし続けなければならないのだ」ということ・・
メンフィスから愛されて自分も愛していると「満足しているだけ」では駄目なのだということ・・

「言葉もでございますが・・・・態度もでございますぞ。是非宜しくお願いいたしまする。」

「(真っ赤)///・・・・分かったわよ。。。今のままじゃ・・・メンフィスにはまだまだ・・『全然足りない』のね。」


よくできました・・と、老賢者は自分の優秀な弟子ににこりと微笑んだ。

「・・・・・・キャロル様のお心が全てファラオに向いていると安心されれば、逆にファラオに弱点は無くなるということです。真に無敵とおなりでしょう。要は先ほどお聞かせしたお話を逆算すればよいだけのこと。そうすれば王は常に最強ということです。」
「・・・・・・・」
「確かに客観的に見れば、貴女様の代わりがない分、国家の状況としては深刻かもしれません。ですが欠点が1箇所だけとわかっていればそこを守ればいい。王妃様自身が王の心を守ってくだされば良いのです。・・これは『貴女様にしか』できないことです。どんなに逆立ちしても我々にできることではございませぬ。」

「・・・・・・・イムホテップ・・」
「ですから・・・・ どうか王のお心を、御身が全力で守って下さりませ。我等が聖なる王妃よ」

――――貴女様にしかできない仕事なのです。

柔らかな瞳の奥で、さきほどとは違う瞳の色で、老宰相は祈るような思いを向けてきた。
真摯な・・・本当に切実なる思いを込めて。

「どうか・・・・お願い申し上げる。」

キャロルは思わず息を呑む

「・・・・・・・・ごめんなさい・・・・本当にわたしがみんなの『命綱』なのね・・・。認識が足りていなかったことは大いに反省するわ。」
「いやいや、・・・・・・王の力の源もまた貴女様でいらっしゃる。・・・・生き生きとキャロル様がキャロル様らしくあることもまたファラオには必要なこと。あまり深刻に落ち込まれて日々笑顔がなくなられても困りまする。王の為に貴女様が必要だと思う事がおありなら、どのようなことでも我等は全力で王妃様をお助けいたしましょう。・・・何をお望みでも叶えて差し上げる所存にございます。」

「・・・・・・・・もしかして ・・だから・・・技師楼への出入りを許してくれたの?」

イムホテップはにっこりと微笑んだ。

「・・・・ああいう所がお好きでございましょう?」
「・・・・!」

このあたりの彼の笑顔はとてもとてもあなどれない。
本気でドキっとさせられる。
さぞかし若かりし頃は美丈夫で数多くの女性陣を魅了してきた口なのではなかろうか・・

「・・・・先ほどの件ですが、絶対に秘密をもってはならないとのことではございません。だいたい王妃様の秘密はファラオのためゆえの事ばかりですからな。」
「・・・・・・・///」
「ただキャロル様にはちょっとばかり悪戯心がおありなので何かと王に隠れて事を起こす『癖』がおありだ。だから、少しだけでもよろしいから、その謎謎の『答え』を王に見せて差し上げるよう心がけて下され。思いの先にあるものが王であるということをちゃんとファラオに見えるようにお伝えなさればそれだけで随分安心される。」

キャロルは神妙に頷いた。

「存外、王はキャロル様から仲間はずれにされる事に対して信じられないぐらい肝が小さくて神経質でおられますからな。これからは、『キャロル様が100』だという王のお心の基準を分かった上で行動されることを王妃様にはお願い申し上げる・・。」

「もう・・・・・もう・・ほんとにかなわないわ。わたしたちの宰相閣下には。」
「それはもう。国のため最小の力で最大の効果をあげるのがわたくしの役目ですからな。」
「まったく・・・口先だけで防衛力を増すんだもの。・・・・・でも・・・確かに・・・きっと効果抜群でしょうね。」
「ふっふっふっ・・・恐れ入りまする。」

《貴女様の一番は何か・・ いつなんどきも、どうかお忘れ召されるな。》 

宰相の官邸をあとにする彼女に、そっと応援するようにイムホテップが声をかけた。