秘 密




14


『ファラオのおなり』との先触れに、技師楼内はにわかにあわただしくなっていた。
粗相の無いよう、各研究員たちが緊張した面持ちで出迎え準備に走る。
そんな騒ぎの中、盆に飲み物をのせて廊下を急ぐ少女を見つけ、アルが声をかけていた。

「お! お〜い、お嬢さん!」
「アルさん・・・・・・・」
「なぁ、なぁ、さっき聞いたけど・・・・・(こそっ)ファラオが来たってホンマ?」
「・・・・・・本当よ。『おじいさま』とご一緒にね。・・・これから・・・その『ご接待』なのよ。」
「へぇ〜・・・・・。そりゃ大役や♪さっすが『良家のお嬢様』。」
「・・・はぁ・・・・そうね。」
「およ?」

だんだんと歩みが遅くなっていく。
その少女の傍らでアルが小脇から興味深げに覗き込んだ。

「・・・・・・お嬢さんって・・もしかしてファラオが苦手なん?」
「えっ? ど、ど、ど、どうして?」
「ん〜・・・? そんなため息ついちゃって何いってるんや。ほれ、妙に暗〜いしな。」
「・・・・・・・・・ええ・・・・・・・まぁ・・・・ちょっとその・・・・」
「意外やなぁ。普通女の子って『王様』やら『王子様』ってのに弱いやん。それが若くてかっちょええとなったらなおさらやし。向こうの食堂の姉ちゃんらなんか、そらもうさっきから大騒ぎやってんで。“おそばに召されたい〜” だの “お目にとめていただきたい〜” だの『きゃーきゃー』ゆーて、もんの凄かったし。ま、男でも、噂のファラオの超美貌を目の前にしたら、きっとクラ〜っとしてまうんやろけどなぁ〜。(^_^)」

彼独特の底抜けに明るいあんまりにも遠慮のないあっけらかんとした物言い
・・まあ、確かにそうだろう。
本気で『メンフィス』に見つめられたら、それはある意味凶器にも近いし・・・。
『素』で絶世の美女も裸足で逃げ出す美貌なんだもの。
わたしだって実際・・・(超至近距離で)何度見とれてしまったことか。
思わずつられて笑ってしまった。

「くすっ そういわれれば、そうよね。」
「そーそー。笑顔やで笑顔。じゃ、水差し持ってやるよ」
「え、そんなに重くないからいいわよ」
「ええからええから。お嬢さんは優雅に盆の杯を出すだけの方がお上品やろ。おれ下男役やってやるから。」
「そんなこと言って・・・あ!あなたもさては『野次馬』ね」
「あちゃ〜 ばれた?オレ田舎モンやからさ。冥土の土産に俺もファラオのご尊顔とやらを拝見したらアカン?遠めにしか見たことないねんけど、あれファラオってほんまにすっごい美貌なんやろ?だまっててもお姉さんたちがひっくりかえるっていうらしいやん・・。それってほんま一体どんなんやねんて思うわな。めっちゃ興味あるで。なぁなぁ、俺後ろでじっとしてるしさ♪」
「・・・興味本位ならやめておいたほうがいいと思うわよ。今、最低最悪なの分かっているから。」
「何が?」
「・・『ファラオ』のご機嫌」
「なんで?」
「・・・・・だからちょっとね。・・・(ボソッ)逆鱗踏んじゃったの・・・・・・・・・ホント、どうしよう〜・・・」
「・・・・・・・????」

歩いていくうちに、通路ですれ違う技師たちが一人、二人と次々に声をかけてくる。
アルと同じように、技師楼内で馴染みになってきたオジサンたちだ。

「よう、お嬢」
「嬢ちゃん」

今やここでの彼女は立派な人気者。。。だったりする。
それというのも、彼女の敷居の低さが原因だ。
何をするにも一生懸命で可愛いし、愛嬌があってストレートに親しみやすい。
一癖も二癖もある技師たちとも渡り合うほどの「頭の良さ」も輪をかけて、強面堅物なオジサン達のハートをがっちりとつかんだらしい。

あとは、明晰な頭脳にみあわない 『異常なほどの』 手の不器用さだろうか。

「しっかり前みて歩けよ。すっころぶぞ!」
「旨い茶飲ましてやるから、時間できたらあとで寄ってけや。」

ガッハッハッ っと 遠慮なく彼女の背中をドンと叩く。

―――まぁ、普通、貴族の娘に対してありえない対応なのだが。
当の本人がそれに対してすごく嬉しそうに素直にニコニコ微笑むものだから。

ツンとすますことなどかけらも無く、非常に庶民的・・
でも実際はものすごいお嬢様で宰相閣下の孫娘。
それで逆に、「マジ大丈夫かコイツ?警戒心なさすぎだぜ。気にかけてやらなきゃ、ホントにとんでもなく危ねー嬢ちゃんだなぁ」・・・・・と思ってしまわれる・・らしい。
『親ばか(爺ばか?)本能くすぐられる』とでもいったらいいのか?

ワイワイ
ドヤドヤ・・・・・


「なんだ?・・騒がしいな・・」
「は・・・。」(←なんとなく状況の予想がついたミヌーエ将軍 やはり複雑な顔)
「っ!」

メンフィスが振り返ったその先には、十数人のえらく賑わしい人だかりがあった。
無骨な男たちの声ばかりで騒がしくはあるが、そこから感じる雰囲気は柔らかで温かい。
だが、目に入ったのは声の主たちだけではなかった。

・・・!!!!!

「キャロ・・・!」
(なっなんだ!?あの集団はっ!!!)

「がんばってこいよ、お嬢ちゃん」
「こぼすんじゃないぞ」

こちらに聞こえないように控えめにそれぞれが銘々声をかけているようだが、そぶりで何を言っているか、どんな雰囲気かぐらい遠目にも察しはつく。

「ええ。ありがとう♪(キラキラ極上のほほえみ←にメンフィスには見えた)」

騒ぎの中心にいたのは黒髪のキャロルだった。
ちょっとした、いかつく暑苦しい応援団(親衛隊?)に見送られて(強面の親爺たちに手まで振られ)、水をのせた盆を持ちキャロルがしずしずとこちらへ歩いてくる。

がち〜ん・・・!!!


正にそんな音が王から聞こえた気がした。・・・・ミヌーエの耳には。
天を仰ぐのはこれで今日何度目だろう?
傍の主君からは、怒髪天最大値に逆向いていく気配が嫌でも漂ってくる。

「お待たせいたしました。どうぞ。ファラオ。(^_^)」
「〜〜〜〜〜っっっっ!!!!!」

がちゃっ

乱暴に盆から杯をもぎ取り、一気に飲み干し力任せに盆へ戻す

ガッ!
「きゃっ!!!!」
「ぬるい!」
「え?・・・あ・・・も、申し訳ございません」

(ちんたら道草など食っておらずさっさと参らぬかっ!)
(な、なによっっ これでも急いで持ってきたのよ)

「じゃ、じゃあ・・・・お、 おかわりお持ちいたしま・・」
「もうよい!」
(そのあたりに控えておれ!うろうろするでないっ!終わったら直ぐに帰るぞ!!!)
「あ・・・・ はい・・  ええっと・・・・(もじ)・・・・あの・・」
「? ・・・・なんだ」

(かさっ)
「!」

こそっと横に置かれたのは小さな白いつつみ。
何枚かに重ねて包まれていたその白い布が順に開かれると、あまり上出来ではない・・・というか、「彼女」らしい仕上がりの 『焼き菓子らしき物体(墨色)』 があらわれ、王の飲み物の横に添えられた。

「・・・・・・・・・・(←メンフィス 菓子を凝視の上沈黙)」
「・・・よ、宜しければ・・・・。(^_^)」

王の周囲を遠巻きに取り囲んでいた人々は一斉に目を剥いた。

(うぅっ!!! ウソだろ〜っ!! お嬢さん!そりゃあんまりにやばいって!!!!)

研究員一同にとって既に『瞬殺凶器』にも近いと有名な彼女手製の菓子類
彼女の『菓子』は『パン』の時よりも怪しい風味の出来上がりになる確立が高い。

(よりによって・・どこから取り出してきたんだアレ!)

誰もが仰天の脳内で絶叫する

無茶だ!無謀だ!
怖いもの知らずも程がある!
大体『それ』を堂々とあの『王』に出すかっ!!普通っっ!!!!


「さ、宰相閣下! 試験操作の準備ができました!どうぞこちらへ!」

瞬発力か条件反射か
品行方正なラシードが柄にもなく思わず大声を張り上げた。

「おお・・・・。 ではファラオ、お待たせいたし申した。 準備が整いましてございます。これに・・・」

いつもどおり落ち着いたゆったりとした声音ではあったが、こころなしか、それに反応した宰相閣下の声もどこか微妙にぎこちなく聞こえたのは気のせいだろうか?
対して王は周囲の様子を特に気にもせず、少しだけ間をおいてだが、おもむろにその呼びかけに答えた。

「・・・・・うむ。」
「では・・」

誰もが認める『危険物』の位置から、奥の「装置」のある側へ王と宰相が移動していく。

はぁぁぁぁぁ・・・・・

どっとこぼれる(多数の密かな)安堵の息。
(まさに国家存亡の危機だった・・・・)

技術屋おじさん一同はそれぞれの胸の内でラシードへの賞賛の思いを広げた。

「・・・・・全く・・心臓に悪いぜ」
「お嬢さんに含むところ全〜然ないのは分かってっけどな・・・」
「・・・あれで真剣最上級のもてなしのつもりなんだろうし・・・・・・。」
「お口にされなくてよかったなぁ・・・・・・」

それでもやっぱり・・『まずすぎる』だろう。
見た目も拙けりゃ、味も不味い・・・。
時々、彼女の味覚自体が根本的におかしいんじゃないかと疑うほどだ。

一生懸命なのが分かっているだけに落胆させるのがあまりにかわいそうで、本人に直接真実を言ってやれないほど・・・ある意味ここの一同もクレオこと「キャロル」に対して非常に弱かった。



「・・・・・・・・・・ん?」

アルは水差しを置いて、一番最後尾から王達のあとについて実験室に向かおうとした。
ふと、目線を落とした時

「あれ? ・・・・・なんでや???」

しばらくそれを凝視して、ちょっと小首をかしげ、「う〜ん?」と何かひっかかりつつも彼はその場をあとにした。