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秘 密 |

13
息を飲み硬直――
そして驚愕
イムホテップの背後に見える恐ろしく冷ややかな黒い双眸は、しっかりと自分に焦点をあてている。
ターゲット・ロック・オン・・・・・・・
もはやその眼光から逃れることはできそうにない。
狙いはさだまり、あとは巨大な大爆雷の落ちるスイッチが押されるのみ・・
(う、うそ〜〜〜〜っっ!!!!!!!メンフィス!!!!)
そんな刹那
イムホテップは優雅に振り返り、後方のメンフィスに向かい腰を折った。
胸に手をあて、深々と・・・・・その白髪がファラオへゆっくりと敬礼する。
コト・・・
「!」
大宰相が『最敬礼』を行うと、それだけでその周りの空気の色が一瞬にして厳かに変わる。
時間の流れのスピードまで変わったかのようだ。
そのゆっくりと響く声音(こわね)も彼独特の静謐さを波紋のように響かせ周囲に広がっていった。
「ファラオ。・・・これにございますのがわたくしの『孫娘』にございます。初めて御目もじ仕りまする。」
それにつられて瞬間冷凍のごとく硬直していた黒髪の少女もイムホテップの傍らで膝をつき、咄嗟に貴族の少女らしく拝礼をした。
ざわ・・・
玄関ホールを中心に人々の注目が集まる。
この国の臣下で最高位の老賢者が、腰を折り最上の礼をつくしている――
まさにここは正面玄関。
人の出入りの一番多い場所・・・・
何事かと気づいた人々からざわめきが広がる。
遠巻きに大勢の人垣があっという間に次々とこちらを囲んできているのをメンフィスは目の端にとらえ小さく舌を打った。
(イムホテップめ・・)
技師楼は諸外国からの人材の出入りが特に多い場所であることを思い出し、メンフィスはクッと瞳を眇める。
キャロルをとっ捕まえたら早々に問答無用で引き連れ返すつもりが、こうも悪目立ちしてしまうとそうもいかなくなった。
「イムホテップ・・・・・・・・『そなた』にこんな『孫娘』がいたとは・・・初耳ぞ。」
「は。ご無礼いたしました。最近地方よりテーベへ移ってきたばかりでございますゆえ・・ご挨拶が遅れ誠に申し訳ございませぬ。」
イムホテップの言葉も終わらぬうちに、メンフィスは平伏している少女の前にずかずかと立ちはだかった。
ぐいっと伏せる少女のあご先をつかみ、有無を言わせず顔を乱暴に持ち上げる。
震える肌に緊張しているさまがありありと分かる。
しかし意を決したのか、少女は薄い青色のベールを挟んだ向こう側で、つむっていた両目を爛とこちらに見開いた。
(・・・・!)
いどむような・・・誰にも媚びない・・・・なにか懐かしい・・その眼光。
メンフィスは微動だにしない彼女の瞳の奥を、穴が開くほど鋭く凝視した。
娘は自分に視線をそらすこともせず、堂々とまっすぐにその“見間違えようもない顔”を凛と自分に向けていた。
かつて・・・・己の信念を曲げない時に自分に見せた・・あの強情な瞳で。
(ちっ・・・・・・・全く・・・そなたというやつは・・・・・・)
「ふん・・・・・ 『名』は何というのだ?」
(な、名前ですって・・・・・え、ええと・・・どうしよう・・・・・・エジプトの女の人の名前・・名前っ・・ハトシェプスト・・クレオパトラ・・・・!ああっもうなんでもいいわっっ)
「・・・・・・・・ク・・・・・・・クレオ・・と・・・申し・・ます・・・・・・。」
「クレオ?」
「はい。」
「・・・変わった名だな。」
「・・・・・・・・・」
「――そうか・・・クレオか。 ・・・・・・・・・・・・覚えておこう。」
ゾクッ
あごにかかっていたメンフィスの指先が、ベールの下にある少女の陶器のような頬と首筋をサラリとなぞって離れていった。
無理やり面を上げさせられた強引な指とは全く反対の、それは愛でるような優しい仕草で。
「のどが渇いた。水を持て。クレオ。」
「え・・・・・・ あ・・・は、はいっ。」
それだけを言い残してあっという間にメンフィスは通路の奥へと消えていった。
ミヌーエが気遣わしげにそっと小さく目礼し、その後に続く。
取り残されたほうは呆然とするばかり。
大荒れの嵐の予感が、あっけなく拍子抜けするほどの微風で通り過ぎたのだ。
(・・・・てっきり 思いっきり大声で怒られると思ったのに・・な、なにがどうなってるの?)
目線の横で使い込まれた古い木の杖が「コツっ」と軽く音を立てた。
「姫」
「は、はいっ」
「これでファラオも公認じゃ。よかったのぅ『クレオ』や。」
「こ、公認???」
「そろそろ無理な秘密も潮時であろうて。ファラオにもこれ以上御身の事でご心配をおかけするのは宜しくはないことじゃ。姫も薄々は分かっておいでのはず。これからは堂々とこちらへおいでなさるが宜しかろう。わたしの『孫』としてのぅ。」
「・・・・・・イムホテップ?」
「『おじいさま』であろう?・・・・さて、ファラオをお待たせするとまたおかんむりになってしまわれる。はやく美味しい水をお持ちしなさい。」
自分にのみ向けられたひそやかな声
ベールの向こうの青い目が驚きを隠さずにイムホテップを見上げた。
老宰相のあわい微笑みが胸に優しく溶けていく。
「・・・・・・・・・・・はい。」
素直に感謝の気持ちをこめて、キャロルはイムホテップに頭を下げた。
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