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秘 密 |

12
その頃イムホテップは技師楼へ続く通路で、傍目にも明らかに不機嫌と分かる表情のファラオとはちあわせていた。
「・・・これはファラオ。どちらへ」
「そういうそなたはどこへ行くのだ?」
「は。技師楼にて進めております開発の状況を見聞にまいりまする。」
「ほう・・・。それは面白い。奇遇だな。わたしも技師楼へ参るところだったのだ。是非その成果、わたしにも見せてもらおう。」
「・・・はい。」
少しだけ驚いた感じの宰相の口調をメンフィスは見逃さない。
「どうした。歯切れがわるいな。『わたしが一緒』では何か不都合でもあるのか?」
「いいえ。滅相もございませぬ。実は今日が初めての実験項目があると聞いておりますのでな。よい結果をお目にかけられるかどうかは分からぬ状況でしたので。・・では参りましょうか。」
「うむ。」
イムホテップは先導して技師楼へ歩みだした。
意外にもその横顔には特に何の動揺も見えない。
なぜか、おだやかな微笑みさえ時折垣間見られるほどだ。
傍らに同行していたミヌーエは、いつ王の感情が表立って逆向くかと内心気が気ではなかった。
メンフィス王が急にこちらへ向かった意味を、かの老宰相が測れないはずはない。
しかも今回の事の発端は確実にイムホテップ宰相が噛んでいる。
それなのにこの宰相の落ち着きは・・
《王妃である身分を隠しての技師楼への出入り―――》
王妃の無謀な行動の多さは王の側近であれば知らないものはいない。
王妃本人が自分自身の価値に対する自覚があまりに薄いということもあるのだが、彼女の場合、真実、「無自覚な行動=危険を呼ぶ前触れ」であり、その勝手を黙認するのは実際非常に危ないのだ。
たとえ宰相が後ろでひそかに手綱を握っていたのだとしても。。。。
状況がどうであれファラオに黙っての行動は逆鱗に触れるに等しい。
その身を魂の底から深く愛しておられるだけに。
(それだけではなく・・・・・ とにかく一番まずいのは・・・)
なにより・・・・・技師楼など『男ばかり』の場所であることが一番の問題なのだ。
―――狼の群れに可愛い子ウサギが一匹。。。。
どう考えても・・・・・・どんな全うな理由があれ、そんな場所に王妃が一人で足しげく通うなど知れれば、王の怒りを呼ぶことは火を見るより明らかで・・・・・。
だからそれを知った時、困ったことになったと思ったのだ。
おそらく、今のファラオにはどんな言い訳も効かないだろう。
(ここで王妃様がファラオに遭遇されてしまわれたら・・・最悪だな・・・)
・・・そして予感的中。
ファラオ一行が技師楼の入り口まで来たときだ。
雅とは全く無縁であろう無骨な技術職の男どもが大勢出入りする人垣の向こうから、パタパタと例の『黒髪美少女』が青いベールを翻しながら、奥の廊下を曲がって、やたらと元気に駆けてきたのだ。
「おじいさま〜!いらっしゃいませ♪」
(・・・よ、よりにもよって・・・・・・・・・なんと間のお悪い・・)
あまりの無邪気さにミヌーエは思わず目頭を覆ってしまった。
「おお。まいったか。今日は『特別なお方』もご一緒にお連れしたのじゃ。さあご挨拶を。」
「え?特別なお方って? ・・・・っっっっっっっっ!!!!!!!!!」
少女の顔には瞬時にしっかり青い縦線が刻まれた。
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