|
秘 密 |

6
ふいに何かが視界をさえぎった。
顔に触れるすこし冷たい細い指
背後や目を覆う指先から感じる・・・甘い香り・・
「キャロル・・なにを・・」
「今日はここまでよ。ね、ミヌーエ将軍も。」
「・・・はい。王妃様。」
背後から目隠しをするようにキャロルが悪戯っぽくメンフィスの瞳を白い指でおおっていた。
だーれだ・・とでもいうように。
玉座に座っている王にこんな悪ふざけができるのはこの世にたった一人しかいない。
自分の手から今しがた読んでいた書類が抜き取られると同時に、離された指の間から・・肩越しに愛する妃の笑顔が見えた。
「もう少しで終わる。・・その報告書が最後だ。返せ」
「い〜やっ」
「キャロル!」
「・・・本当に最後?」
「ああ。」
「本当?」
「くどいぞ。さあ・・」
「・・・・・・・・・はい・・・・。」
しぶしぶ書類を手渡し、傍らにチョコンと座り込む。
そろそろ灯明も継ぎ足そうかとの様子だ。
ごく数人の大臣を残し、あとはすでに退出してから久しい。
月も中天にさしかかろうとしていた。
ここ数ヶ月、ほとんど同じ調子だった。
放っておけばいつまででも国事に没頭している。
なにやら取り付かれたかのような仕事振りなのだ。
「いくら新都建設が悲願のご事業とはいえ、これではお体を壊しておしまいになられます。でもわたくしどもではなんとも・・・・」
とは、ナフテラの言。
王妃にやんわりと制して貰えないかとの言葉に、さすがにキャロルとしてもちょっと無視できないところがあった。
「ねえ・・・そんなに急がなければならない事?」
「ん?」
「新都の建設なんて、これから先ずーっと続くのでしょう?」
「生涯かけての大事業だからな。」
「・・・だったら・・・」
傍らのキャロルに視線を移し、王はそっと小さく微笑した。
「面白いのだ。ある意味な。・・・それに・・」
口をつぐんでキャロルの体を引き寄せる。
幅広の胸に妃を抱きそのままじっと黙り込んでしまった。未来に出来上がるだろう彼の王国に思いを馳せながら・・黄金の髪を弄ぶ。
「・・・・・はやく・・・そなたに見せたいのだ。この世のどの国よりも素晴らしい都をな・・」
「メンフィス・・・」
「光輝く王都を・・・・わたしとそなたの・・永遠の都を。」
おし止めた沈黙を破ってすこし紅潮気味な口ぶりでキャロルの耳元に語りかけるメンフィス。
そんなメンフィスが頼もしく、又嬉しくも思う。
でも激務をおしての今の情況はやっぱりいただけない。
(・・・どうしよう)
こまったような表情をするキャロルをメンフィスは面白そうに見下ろす。
他の者には真似の出来ない、あまりにも素直な反応。
いつも『思ったまま』が顔に出る・・
「ふふ・・・・だからそなたが好きなのだ」
王族にはあってはならないほどの無防備さではあるが、それこそがかけがえのない彼の宝でもある・・・。
裏も表もなく・・だからこそ愛しい。
守ってやりたいと思う・・・なににかえても・・
瞬時にメンフィスはキャロルの唇を奪った。
「!!!!」
「愛している」
びっくりしてしまう。
ぎゅっと抱きしめられて急に口づけられ、どぎまぎして声も出ない。
いつものごとくではあるが・・人目を一切気にしない夫
甘い眼差し・・・・
仰天して慌て続けるキャロルに、メンフィスは更に可笑しそうに満足げに目を細めた。
可愛らしくてたまらないといった風に。
そうやってじゃれているうちにどうやら気が変わったようだ。
「ふむ・・そうだな。そなたの言うとおりそろそろ休むとしようか。皆の者、遅くまでご苦労だったな。退出を許す。」
「は。・・・・・それでは・・失礼いたしまする。では、こちらの懸案は明日に・・・」
「うむ。」
「あ、あの・・・ミヌーエ将軍、みんな、本当に遅くまでお疲れ様。」
「恐れ入りまする。おやすみなさいませ王妃さま。」
「おやすみなさい」
まだ先ほどの照れから少し火照った頬のままだったが、王妃はあわてて臣下へのねぎらいの声をかけた。
そんなかわいらしい王妃を重臣達はやわらかく微笑み、礼をとり退出していく。
力のこもる両腕に抱きすくめられ、どこか夢見がちな気分に流されそうになりながらも、キャロルはそっとメンフィスの腕を押し返し、ちらばった新都の設計図を手にとり揃えととのえようとした。
「・・・・・・・」
「キャロル」
「・・・・・・・・・・」
メンフィスの声が少し不満げなのはありありと分かったが、キャロルはみんなの前でされた口付けの恥ずかしさが尾を引いていたのもあって、なんとなくそのまま抱きしめられているのに抵抗を感じて、なにか紛らわしに机の上にちらかった書類を集めていく。
「どうせ又明日に続きを見るのだ。そのまま放っておけばよい。」
苛立ち気味にメンフィスはそんなキャロルの側へ近づく。
「早く休めと申したのはそなただ。」
「ちょっと整えておくだけよ。た、大切な書類なのでしょう?・・・あ・・!!」
「言い訳はよい。・・・・・なにをそんなにうろたえる」
「あ、あの・・」
「相変わらずだな・・・そなたは」
「メンフィスこそ・・強引よ・・・いつもいつも・・・」
「いつも?」
「・・・いつも・・・・あんな・・・人前で恥ずかしいじゃないの・・・」
「なにをいう・・・そなた・・いますぐにでも愛して欲しかったのであろう・・? だからこうして私を呼びに来る役を引き受けたのであろうが・・・ああすれば周りの者どもはすぐに消える。そなたの望みのままではないか?ん?」
「・・・・・・・・・もう メンフィスったら」
「ちがうのか?」
「・・・・そうよ・・・・ ・・そう。でも・・でもね・・」
開きかけた唇にメンフィスはそっと長い指を置き、キャロルの言葉を封じた。
指先に伝わる柔らかなふっくらとした桜色の唇の感触
じっとそのまま唇の輪郭をなぞり愛しげにその青い水晶のような瞳を見つめる。
「・・・・・そなたと二人きりの時間は短い・・・」
背にもう一方の腕を回し徐々にその胸深くに閉じ込めてゆく
「ヌトの支配する時はそなたとの時間・・無駄に一人過ごすのは・・おろかなことだったな・・・・・許せ」
「メンフィス・・・・」
「すまぬ・・キャロル・・・・・さみしい思いをさせてしまったか?」
「・・・・え?」
意外な謝罪に胸がつまる。
そうじゃなくて
さみしいんじゃなくて
かすかにうつむく頬を大きな掌が包み込むようになぜてゆく。
「そうか・・・悪かった」
違う―――
そんなつもりではない・・・
メンフィスに謝ってもらうつもりなんかじゃなかった・・
ブンブンと首を振り、あくまで優しいメンフィスの言葉に慌てて黄金の頭を振る
ただ心配になっただけ・・・そんなにも忙しい貴方に・・
さっきの机に広がっていた書類の中身を垣間見てちょっとギョッとしたのだ。
まさかあんなに急ピッチで『反映』されているなんて・・・
彼の今の激務をつくってしまっているのは他ならぬ・・・・
(そんな・・・)
「メンフィス、あの・・・あまり根をつめてしまわないで。大事業っていうのは急いでも早く出来るものではないわ。・・ね。ちゃんと睡眠時間はしっかり取って・・・」
メンフィスはただ無言で微笑み返し、きゅっと金色の前髪を一房悪戯っぽくひっぱって笑った。
心配などいらぬ・・と。黒い瞳の表情だけで・・・・・。
唇が柔らかに髪に触れる
そして軽々と両腕にキャロルを抱き上げた。
|

|
|