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秘 密 |

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一方、『宰相閣下の孫娘』からの差し入れを渡された青年研究者ラシードは、自分にあてがわれた自室でおなじ研究班の学友アルと休憩の茶を飲んでいた。
その彼の友人アルはというと、がたんと机の端に筋肉質な両足を放り上げ、ちょっと行儀悪くもくつろいでその「差し入れ」にかじりついていた。
「んで?・・・お嬢さんは水車の次は何を言い出したんや?『数式魔』のラシード君」
「ナイルからの大型水路だそうだ。・・素掘りじゃなくて外壁付石組みの頑丈なもので相当長距離だってさ。・・・しかし・・これは水路っていうより「川」だな。結構な川幅を想定してるしな・・・・・これは高低差をどれだけ保てるかが問題だな・・・・出来ればかなりの高水圧にも耐えられるようなやつをご所望だよ。」
ほらよと、ラシードはアルに書面を手渡した。
無骨な指でぺらぺらと書類を繰り、ふ〜ん・・と言いながら目を通す。
「へぇ・・・・・・ しかも地上・地下両方にねぇ。上下水道・・か。えらい豪勢な計画やん。ま、石組みについてやったら問題ないんちゃうか?ちょっとやそっとで水漏れなんかせぇへんだけのもんは組めるしな。そやけど地上はともかくこの国で地下は厳しいやろな・・・洪水があるし地下はちょっと難しいかもしれへんで。」
「ああ。難しいのは難しい。けど、全く無理だと捨ててしまうのはもったいない気がする。どうだ?・・設計の腕が鳴るだろ?」
「・・・なぁ、それよりもなラシード、『これ』とてつもなく固くねぇ?何じゃこりゃ?新種の保存食?」
「『味だけは悪くない葡萄パン』・・だそうだ。 見た目の悪さと弾力がないだけで。」
「あんなぁ、それやったら 『パン』 やあらへんやないか。・・・焼き菓子の方がまだ状況近いで?」
「文句言うなら食うなよ。アル。」
「最低限 『腹の足し』 ってだけやさかいなぁ。ほんま、あのお嬢さんの作るモンって。頭こんなにええのになんで手がついていかんのやろな?ちゃ〜んと粉と水の量計って、ねって、ねかして焼いたらええだけやのに。男の俺でもこれくらいちゃちゃっと焼けるんやぞ。」
なんだかんだ言いながらも口だけはしっかり動いてその妙な食品(物体?)を平らげていく。
独特のなまりが特徴的な彼、アルは研究者仲間の中でもずば抜けた大食漢であり、また『脅威の胃袋』を持つ。
本当に食べられないもの(毒物など)以外は大抵なんでも消化吸収することができる特異な耐性の持ち主だ。
みんながお世辞に1つかじりつくだけで精一杯だった例の「パン」の残り全部をお土産にと包んで抱えている。
なんでも「どんなに不味くても、貰った食べ物は粗末にしたらあかん」が信条らしい。
見た目の態度は粗雑で行儀が悪いのだが、心情的には非常に律儀でいい奴だ。
時々思い出したように取り出して“それ”を口にしている悪友の姿を、『数式魔』と呼ばれた細身のラシードは、げっそりしながら友人の胃袋の鋼鉄さにあきれたように白い目で見返した。
「・・ちゃんと毎回計って作っているそうだ。あれは真の料理音痴だな。たぶん何作っても駄目なんじゃないか?『絶対失敗しない計量器とパン焼き窯』でも開発してあげたら泣いて喜んでくれそうだぞ。」
「おっ!ええなぁそれ。お嬢さんもやけど、使い勝手よかったらきっと町の奥さん連中にも馬鹿売れモテモテやで♪あっという間に両手に花で大金持ち♪ な、な、その窯とかさ、お前の『緻密な頭脳』で設計してみぃや。暇があったら俺も開発手伝ったるさかい。」
「阿保な事言っている間に仕事片付けろ『馬鹿胃袋』。このあいだ届いた鉄鉱石の鉱山調査報告書と採掘量の試算表、明日にはまとめて提出なんだぞ。そんな時間あるかっ!!」
「へいへい、へ〜い。 そやけどお嬢さんの頼まれごとやる時間はあるんやもんな〜。誰かさんに怒られてもオレ知らんしな〜 痛っっ!いで〜っっ」
書類の束がアルの後頭部に当たり豪快に散らばった。
「うるさい!そいつをさっさと全部計算しやがれ!!」
『開発技術班』の技師楼。
各国の知識人や技術屋な若者が集うここはいつもとてもにぎやかで、特にこの2人の仲良し秀才、ラシードとアルの『どつき漫才』風景(?)が有名だったが、最近この技師楼では、なんといっていいか分からない「微妙なおやつ」が食べられる事でも一部話題になっていた。
外部の目には「研究中の試作食品」の『失敗作』とうつったので、どんな奇妙な食べ物がつんであっても別段奇異には思わなかったらしい。
中には何を思ったか『失敗作』の中に埋もれた新しい「何か」の大発見があるかもしれないとこっそり盗んでいく者もいた。
技術班の研究員たちはみな、これらがある少女によって 「ごく普通のまともな『パン』や『焼き菓子』」 のつもりでつくられたものと知っていたが、わざわざそんな説明をするのも面倒なほど『へん』な代物に化けているので、興味津々で覗きにくる別棟の研究員たちには何も説明をしてやらなかった。
「・・・にしてもなぁ、あのお嬢さんの身内はマジで大変やな。絶対俺ら以上に 『これ』 振舞われてるんやと思うで。きっと。」
「・・・・・・そうだな。・・・・・相当大変だろうな。(気の毒に宰相閣下・・)」
「全部食べとったら、・・・・確実に俺以上の 『化け物胃袋の持ち主』 に間違いないわ。」
だが彼らを含めてどの研究員たちも思いもしなかっただろう。
『愛』の名のもとに、この「奇怪なるおやつ」を食べる事ができる、毒にも強い『化け物胃袋の持ち主』が彼女の身内に存在することなど・・・・・・・。
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