秘 密




3


「ミヌーエ将軍・・」
「これは・・・・・・スサ大臣殿。」

若き青年将軍は軽く礼をとり、背後から声をかけてきた老大臣の横に並ぶ。
午前中の会議が終わって、各自の持ち場へ解散していく途中の事であった。

「近頃気になる光景を見るようになってな・・・。ファラオはお気づきであろうか?」
「は?――何に・・・でございましょうか?」
「ふむ・・・」

この大臣は内政に長年たずさわる先王時代からの古参臣下だ。
どこか深刻な面持ちをしながら、王の片腕である将軍に含みのある問いかけをしてきた。

「我らが王妃様がご勉学に励まれるようになって随分になる。」
「はい。毎日侍女たちが運び込む書庫の書籍を次々に読破されていると・・・最近は宰相閣下のもとで諸外国の言葉を学ばれているとお伺いしております。」
「うむ。・・・・・そうであったな。そうではあるが・・・・」
「?」
「ひと月前ごろからだったか・・それとなく見守ってはおるのだが・・王妃様とならんでひけを取らぬほどの才女が技師楼に現れての。表立ってではないが、なかなかに巧みな発案をしてくるのだ。先日の水路の改善案はじつはその娘の提案をもとにしたものだと技師の一人から聞いた。これを・・」
「・・・・・なんでしょう・・・?」
「見覚えのある筆跡とは思われぬか?」

ぱらりと数枚のパピルスを見せられた。
数日前にミヌーエ自身が有能とみこんだある技師に指示を出した件についての書類だった。
部分的に新たに追加記入されている繊細なデモティックの文字を追う。

「・・・・・・・・・・・・・」

確かに・・・・・・知っている・・・・・。

ミヌーエの落とす視線が不自然に固まったのを確認して、やはりそうか・・・とスサ大臣はつぶやいた。
この筆跡・・・本来ならどう考えても「限られた者」しか目にすることが出来ないからだ。
それがまたどうしてこの様な下書き草稿に・・・・・・

「・・・どうやらそなたも知らなかったようだな。そなた先日ファラオからの御命を技師楼の若い連中どもに依頼していたようだが、その中の技師が例の才女と頻繁に接触しておるのだ。才能は才能ある者と出会うと更に伸びるというが・・・・・。」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・ちなみにな、噂によるとその娘は 『宰相閣下の孫娘』 なのだそうだぞ。」
「ま、孫っ?!」
「うむ。」
「そ、そんな馬鹿な!! ありえませんよ。」
「もちろんだ。とんでもなく 『ありえない話』 だが。・・・だが、やんごとない方の事だからという心理が働いているのか、研究員達の側で逆にこの噂が外に漏れないよう気を使ってくれているありさまだ。技師楼内では秘密の真実として 『そういうこと』 になっておる。その娘を閣下の本当の孫と思って誰も疑ったりはしておらん。」
「・・・・・・・・まさか ・・でも・・なぜそんなことに・・?大体・・・・・」
「知らぬわ。だから『そなた』に『念のために』伝えておるのだろうが。」

「わしは遠めに見ているだけだ。それ以上はちと・・な。介入はできん。」

閣下が後ろについているなら何も言えぬ。
ただ・・と、老大臣は付け加えた

「今日、わしのもとに新しく別の提案計画書が届いたのだ。大型の水車を数機ナイルへ設置して自動的に水を水路へ送り込む装置だそうだ。同時に水車の回転動力を集中させて穀類を大量に挽く大規模な工場の設置まで検討項目になっておる。増水時は水車は解体して保管し、またその他に水量の増減を高低差で利用する水路施設まで計画されておるのだ。・・・・・・・目は通しておいたが実用性の高い良い提案だと思う。そのうちに書記に清書されてファラオの御前にも近々届くはずであろう。」

とにかく、“状況は伝えおいたぞ” とばかりに大臣はその場を辞していった。
それを見送りながら、『真面目と律儀』が肩書きな将軍は小さく息をつく。

軽く手にした書類を丸め、しわのよった眉間にぽんと当てた。