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秘 密 |

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「・・・よいしょっと」
書庫から両手いっぱいに書物をかかえて重たげにあるく人影があった。
あぶなっかしい歩調で移動し、どさりと書見台に書籍を積み上げ席につく。
今持ってきた書物のほかに、もう既にそこにはかなりの量のパピルスや書簡の山が積みあがっていた。
「さて・・・と」
そうしてあとは時間の許す限り没頭して文字や図面を追う。
決まった時間、決まった場所でその光景は見られた。
すこし長めの薄青色のベールを目深にかぶり、異国風の髪留めが目を引く。
肩さきで綺麗にきりそろえられた黒髪。
シンプルだがかなり仕立ての良い衣装を身にまとっていた。
広いフロアに大きめの机が並ぶ図書館
比較的高い天井になっている為、空気が綺麗に通り抜け、暑いエジプトの熱気を涼やかに吹きけして行く。
張り出したベランダに立つと緑のナイル河畔の帯の向こうにゆらめく熱砂の砂漠が望めた。
ペンを置き、横に書き溜めてある一束のパピルスをなにげなく繰り、またその砂漠を眺め見る。
風が彼女の切りそろった黒髪を優雅に揺らしていった。
「・・・・・進んでいますか?『お嬢さん』」
「あら・・・ラシードさん!」
「お邪魔をして申し訳ない。先日仰っておいでの件、ちょっと設計師に頼んで図面にしてみたんですよ。」
「まぁ!」
ばらりと彼の持っていた横幅の長いパピルスが机に広がった
少女の好奇心いっぱいの様子に彼は満足感を覚える。
正面に立つ細身な青年は自慢げに笑った。
この少女の期待を裏切らず、そしてまたその期待を更に超える「もの」を出してみせる事、それが最近の彼のちょっとした楽しみになってきている。
「なかなか面白そうだったので、・・・・・・・いかがです?」
「・・・・・・・・すごいわ。さすが本職ね。実際に作れそう?」
「模型で一度試してみてからですけど。『計算上』は恐らく大丈夫だと。」
「是非すぐに作ってみていただきたいわ。模型が出来上がったらわたしにも知らせてもらえるかしら?見に行くから。出来れば今月のうちにでも提案してもらいたいし・・もちろん・・・・」
「・・・・・・・それまでは『内緒』に・・ですね。」
少女は手にした書面を丸めながらかわいらしくベール越しにウインクする。
「そうよ。それでね、うまく出来上がったらいつものように『技術班』のみんなから上に報告してね。」
「・・・・・・・それでいいんですか?お嬢さん」
「え? 何が?」
少女はベール越しに少し顔を上げて目の前に立つ青年を見上げた。
みるからに細身の青年はちょっと肩をすくめてみせる。
「・・・い、いえ。いいんですけどね。ただなんだかもったいないなぁと思って。僕らは全然かまわないけど、お嬢さん控えめすぎるんじゃないかなってね。」
「そう? 『お嬢さん』の趣味だからって事で納得しておいて欲しいんだけど。・・・お爺様におねだりして内緒でここにいれてもらっているから実際目立ってしまうと色々困るのよ。」
「そりゃまぁ・・“あのお方”の『お孫様』だし。深窓のご令嬢には色々あるかもしれないですが?」
「そう。色々あるの。なんと言ってもわたしのわがままでお爺様にご迷惑をかけるわけにはいかないし。」
はじめてこの少女と会った時、堂々と『裏口入学の幽霊学生よ』と彼女は笑ってそう言った。
エジプトの良家の子女なら十分ありえることだ。
気まぐれな金持ち貴族の令嬢が将来有望な者を(または若いツバメを)ひっかけに学舎にまぎれこんだのかと思い、出会って以後しばらくは歯牙にもかけなかった。
書庫でみかけるようになって1ヶ月。ここで話を交わすようになって半月・・・。
この『幽霊少女』はとんでもなく出来がよかった。
まるで砂漠に一瞬に染み込む水のような吸収の速さ。1を聞いて10を知るタイプだと思う。
《いろんな事に興味があって、知ることが好きなのよ・・》 と自分でいっていたとはいえ・・
まさに 『打てば響く名器』・・というにふさわしい飲み込みのよさだったのだ。
彼女の所持している入館許可証も本物だった。
役人関係者に対する書庫閲覧限定のものではあったが・・・
正規の手順で入手しているのか、彼女の背後の力で用意したものかは不明だが・・
(幽霊なんてとんでもないな・・・。)
最近、彼女の背後にいた“コネ”なる人物を垣間見る事があって、なるほど秘蔵のご令嬢だったわけだと納得もしたが・・・
恐らく、まっとうに試験を受けてきても、彼女なら問題なく研究員として通過してくると確信できる。
(けど、深窓のご令嬢の割には・・・あっけらかんとしてるよな・・・お貴族様の考えることはよく分からないが・・・・・。)
「・・それにね、ちゃんとした結果を実際に出しているのは技術班のみんななんだから。そうでしょう?」
「分かりましたよ。(苦笑)・・それじゃあ僕はこれで。ごゆっくり。失敬。」
「あ、待って待ってラシードさん。」
「はい?」
「ねぇ、これ持っていかない?昨日たくさん作りすぎちゃったの。お爺様達にもあげようと思って持って来たんだけど、年寄りは歯がよくないからってみんなあんまり食べてくれなくて。」
がさっとフタ付の籠を取り出された瞬間、ラシードの顔が微妙に引きつった。
「・・・・今度は・・・・何焼いたんですか?」
「葡萄パン。」
一応、中をそろっとのぞいてみる。
「・・・・・・・・|||」
―――頭脳と技能が連動しないとは不幸な事だ。
「見た目は良くないけど、味はそんなに悪くないって言ってもらっているから♪(にっこり)」
(そりゃ一体どんな味覚の奴だよ・・・??)
「・・・・・・・・・・あ・・ありがとうございます。あとで・・・おやつにみんなでいただきますよ。」
籠の中には墨色な物体が『きれいに』並んで詰まっていた。
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