|
秘 密 |

1
砂漠の新都
大規模な礎石工事は順調に進み、基盤となる土台工事から徐々に大建築の本体への工事へと移りつつあった。
「これが出来上がってきた東テラスの図面だ。」
「・・・なるほど・・・・・。それで・・・・石材はどのような色合いが宜しいでしょうか?」
「ふむ・・・そうだな・・・」
打ち合わせの合間に、ミヌーエ将軍はある1枚の図面を王から受け取った。
詳細の確認をしながら綿密に筆記を加えていく。
それは王にとっては最も特別にあつらえたい場所、『王妃の宮殿』の見取り図の一部であった。
警備の上でも、設備の上でも、最高の装備であると同時に、間違いなく富めるエジプト大帝国の贅を極めた内装となるであろう。
最愛の妃を喜ばせたい・・キャロルの喜び驚く姿を思い描きながら行うこの作業は、メンフィスにとって激務の中の一時の楽しみでもあった。
具体的に形が見えてくればまた細部に手を入れてゆく。
調度品も全て一級の職人に発注が出されていた。
年単位で手間隙がかかるほどの装飾がされる物品も珍しくない。
「おまかせを。ご希望通りに。」
「・・・・そういえばそなた覚えているか?以前、視察の時に子供がキャロルに持ってまいっていた・・あれは何という名だったか」
「ああ・・・『蒼の雫』でございますね。キャロル様が殊更に喜ばれた・・」
「うむ・・。」
こんっと王のペン先が図面の一点を指す。
「・・かしこまりまして。早速に手配いたしましょう。」
この将軍にしては非常にめずらしい満面の笑顔で主君の意向を了解した。
中核となる大神殿と宮殿については既に外郭が積み上げられ、その規模が眼に見えるようになってきている。工事現場の一角では、あつめられた優秀な建築技師たちが精巧な設計図面をつき合わせて作業順序の指示を打ち合わせていた。
エジプトの誇る技師団のメンバーは、そのままこの国の最高知識人の集団でもあった。
ただ地位の上位だというだけでは決してこのメンバーになりえない。
天文学・数学・測量術・力学・科学技術
現場においてはありとあらゆる高度な知識・技術力が即必要とされるのだ。
ゆえに国外からも著名な技術者を招聘することも多い。
現にこの人々の中にはエジプト人とは違う顔立ちの技術者も少なからず見受けられる。
優秀な人材をいかに多く保有するかも国力を測る物差しとなる。
エジプトはその繁栄を基盤に世界各国から有能な人材を集める一大技術国家でもあった。
昔からそうした技術者たちが集まる国ではあったが、特に最近は積極的に数多くの留学生を受け入れ、そして能力のある者には厚遇をもって対応している。
この制度には、実はかの王妃キャロルが陰で一枚噛んでいた。
数年前のことだが、王妃の発案によってあらゆるジャンルの研究者養成施設が大規模に設置された。
いわゆる「王立アカデミー」だ。
研究費用はもちろん生活も国費からバックアップされる。
そのかわり、エジプトに有益な技術や文化をもたらし提供することを要求される。
自分の能力一つあれば、国籍・身分は一切問わないという。
国家規模での大幅な規制緩和が国の内外へと施行されたのだ。
外国からの多大な人材流入も促進される。
最初この試みはかなり斬新に過ぎて、王はもちろん、臣下の間でも治安をはじめ色々な面で危険ではないかということで反対されたのだが、
「わたしももともと外国人よ。人はみな同じなの。それに厚遇されるところの方が好意をもつに決まっているじゃないの。どの国よりエジプトが魅力的で暮らしやすくて自分に優しい国であれば、そこに住みたいとも思うし・・・・・・誰しも豊かに生きたいと思うから一度手に入れた幸福や平穏は手放したくないものよ。そうなったら自ら歯向かおうとはしないものだわ。―――確かに人の行き来が多くなれば各国に情報が漏れる危険性があるかもしれないけど、でもね、情報って隠蔽されるとよけいに危険を呼びやすいのよ。エジプト文明の高度さや豊かさを世界に広められるのだと思えば・・・誰もが受け入れられるのだと知ってもらえれば・・きっと民衆レベルでエジプトに好意的な憧れをもってもらえるでしょう?戦争で攻め落とすよりよっぽど有益な懐柔方法だと思わない?」
と、一蹴して『一人ででもやる』と言い張り、ついに王が折れたという。
いかにも自由主義アメリカンドリームな思考回路での提案である。
しかしまたこれが効果絶大だったのだ。
噂は風のように世界を駆け巡る。
人が人を呼び、今やこの「アカデミー」はよほどの人材でなければ採用されない最高学府の様相を呈してきた。
既に超難関となっているのだが、受験に訪れる人材は絶えないのだという。
研究者の環境としては最高の条件がそろっているのだ。
たとえそこへ入れなくても、有能な人材の流入は国の新たな活力の原動力となる。
商才があれば貿易に
土木技術は全国どこでも引っ張りだこだ。
文字が分かれば市井にも広く重宝がられる。
各国の言葉を駆使できれば大取引の最前線へ。
新たな新都建設で人材の需要は様々な分野に及び、エジプトはかつてないほどの好景気に沸いていた。
そして王妃の作った「アカデミー」はオリエント世界に広く受け入れられ、エジプトの人材確保に非常に有益に働いていたのだった。
|

|
|