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(あら・・どうしちゃったのかしら・・・・・・わたし・・・・)
(目の前が霞む・・・・頭が・・・・・・・・)

何かをつかもうと伸ばした指先が空をきる
ぼんやりとした視界に映りこんだのは、誰かが目の前で振り返った姿だった。

(誰かが叫んでいた・・・あれは・・・・・・・)

身体が何かに派手にぶち当たる。世界がその瞬間真っ暗になった。



「キャロルっっ!!」
「ナ、ナイルの娘!!!」
「キャロルっ、いかがいたした!?、しっかり致せ!!キャロル、キャロルっっ!!」

自分について来る足取りの遅さに苛立ち振り返ったとたん、娘がいきなり目の前で倒れ崩れたのだ。
思わず我を忘れて走り寄る。
小さな身体を抱え起こし、正体のない娘の頬や額に手を当てゆすり呼ぶが、一向に気づく気配がない。

「い、医師をよべぃ!!ナフテラーっっ、ネゼクを呼べー!!早く!!」

身体が熱い・・熱か!!
奴隷娘に対する少年王のうろたえようは、傍目にも驚くありさまだった。
両の腕に抱きかかえるや近くの部屋へ走りこみ、蒼白の面持ちでキャロルを介抱していた。

「どうなのだ、キャロルは?何かの病なのか?ひどく身体が熱いぞ!」
「・・・ご安心を。ファラオ。酔いでございます。」
「!?」
「ナフテラ殿、先ほどの昼食に酒の類はごさいませなんだか?」
「これといって・・・ファラオの御前ではあまり食するほうでもありませんし・・・・あ!果物の甘煮かもしれません。あれはかなりのぶどう酒に漬け込んで調理いたしますので・・・・キャロルは果物なら口にしますから・・・・・でもまさか・・」
「酒に弱い者ならありえます。疲れがあればなおの事。ゆっくり休ませておけばご心配にはおよびませぬ。・・・では。」

医師の退出後、ナフテラや侍女たちが身の回りの世話に残っていたが、それも下がらせ、横たわるキャロルをメンフィスは1人眺めおろした。

「疲れ・・・・か」

そっとバラ色の頬にかかった黄金の髪を撫で分ける。
熱を帯びた顔や身体は心なしか細くなったようにも見える。
けして自分に屈しようとせず、逆らいつづける小癪な娘。
しかしその裏で張り詰めた神経を異国の見知らぬ地ですり減らしていただろうことも容易に想像はつく。

「強情者め・・・・」
(私に全てを委ねればよいものを。この国で、私の側で、なに不自由なく望みのままにしてやろうものを・・こやつめ・・・)

淡く上下する胸元に唇をよせ、首に、肩に、そして小さな柔らかな唇に口づけを重ねる。
ほんの少し身じろぎするキャロル。しかし目覚める気配はない。
誰かと勘違いしているのだろう。
触れた手の感触にうっすらと微笑さえ浮かべている。
いつしかそのほほえみに魅入られ動けなくなっていた。
自分に向けられたものではないと知りながら・・・・・・・。





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「うふっ、おいしーい!」
「これ以上はだめだ。キャロル。」
「あんっ、やだメンフィス!返してよ」
「そなた毒が抜けたばかりの身なのだぞ!加減をいたせ」
「だって沢山食べるように言ったのはメンフィスじゃない!」
「物による!」

ひょいと果実煮の皿をとりあげ、テーブルの端によけようとしたのだが、拗ねたような視線とはちあわす。

「・・・・・・・・まったく・・・あとでどうなっても知らぬぞ」

仕方なく、一つだけ摘み上げキャロルの口に放り込んでやった。
嬉しそうに口をあけ、メンフィスの指ごと桜色の小さな唇が吸い付く。

「!」

離れる間際、指についた甘いシロップまで器用に舐めとっていく感触・・・・・・。

「・・・・・・・・」

じっと見つめてくるメンフィスに不思議そうに碧い瞳が静止する。

「? なに?」
「・・・・・いや・・美味いか?」

返事のかわりにキャロルはこぼれんばかりの笑顔で答えた。



あれからどれほどの月日が経ったのだろう
何度もわが身をすり抜け逃げ出していたキャロル・・・・
力いっぱい自分を振り切っていた小さな腕が、暗い牢獄の中、己を求め彷徨い震えながらひしと絡みついたのをぼんやりと脳裏に思い出していた。
そして・・・・・・今も・・・・

指先に残る甘い余韻

(そなたはやっと・・・私のものになるのだな・・・・)

つと、指に残る蜜を舌先でなぞる。
あまり甘味を口にしない為か、少し慣れない甘酸っぱさが口に広がり、淡い酒の香りが鼻孔をくすぐる。
これは、思ったよりも強い酒かもしれない・・・。


ふいに、肩に重みがかかる。

頬をほんのり赤く染めたキャロルがそっと寄りかかっていた。

「―――――だから・・・よせと申したのだ・・・」
「う・・・・ん、・・・・・」

幸せそうに口元に笑みを浮かべ、そのまま静かに寝息を立て始めている。
あまりの無防備な愛しい娘を前に、身体中が火照りあがり押さえきれなくなってしまいそうだ。

「こやつめ・・・私にも我慢の限度というものがあるのだぞ!」


そんな苦悩の台詞も夢の中の子守唄になってしまっているのか、安心しきって身体を預けている。
気持ちよさそうなさまに、しばらくそのまま、もたれるがままにさせていたが、やはり病み上がりの身だ。うたた寝させておくのは身体によくはないだろう。
溜息混じりにメンフィスはキャロルを起こさぬようそっと抱き上げ、寝所に向かう回廊へ足を進めようとした。
その時、ふと、かすかに聞こえた声に、あらためて愛らしい顔を覗き込む。

「大・・・好き・・メンフィ・・・ス・・・・・・」

小さな呼吸を繰り返す唇がわずかに動いていた。
メンフィスはその呼びかけに答えるがごとく唇を重ねる。吸い寄せられるように深く深く・・・・・



・・・移り来る 甘く儚い蜜の香り

触れるだけで夢心地の酔いをもたらす・・・・・そは、我が極上の美酒――――――――。



Fin.




2001年 「ししぃの館」投稿作品



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