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日 課



「あんっ!!動いちゃダメ!!」

細い筆先に細心の神経をはらって指先を動かしているキャロル。
緑色の顔料を含ませた先端は、少し震えながら、この世の最高の造形美である瞳をなぞる。
静かに瞼を閉じ、言われるままじっとしているメンフィスの口元は、すこし苦笑していた。
目元をくすぐる感触でだいたいの進み具合はわかるが、悪戦苦闘しているのがよく分かる。

「もうちょっとだからがまんして」

頬に触れる細い指、緊張して息を殺している唇は、自分の鼻先に触れんがばかりにそばにある。
淡くたちのぼるキャロルの肌の香り。
時折肩をかすめる揺れる髪の感触・・

「できたわ!!」

視界に広がる女神の笑顔
無邪気にはしゃぐキャロルが、見開いた世界一杯に映りこむ。

「メンフィスってば、本当に肌が綺麗なんだもの・・・間近でみるとびっくりしちゃう。睫毛もすごく長くて・・・あんまり綺麗すぎて見とれてしまうわ。男の人なのにズルイ」

まじまじと青い瞳を大きく開いて見つめてきた。

「ふっ、なにを言っている。どれ、・・・ほう、割合うまく出来ているではないか。」
「割合ってなによそれ」
「あまり期待していなかったからな」

ぷぅと膨れたキャロルをみて、可笑しそうにメンフィスは笑った。
そのうち、つられてキャロルもくすくすと笑い出す。

「じゃあ、上手くなるように練習するわ。私もやってみる。ちょっとは王妃様らしく威厳がでるかしら?」
「よせ。そなたはそのままのほうが良い。」

筆をとった手をメンフィスは強引に引き戻した。

「メンフィス?」
「・・・私はそのままのそなたほうが好きだ。練習ならばわたしので充分であろう?」

白い肌に浮かぶ青い青い瞳・・。
透き通った美しさに加えるものなど何もいらない。
やわらかな頬に口付けてそのまま耳元にささやいた。

「そなただけの仕事だ。よいな。王妃よ。」

恥ずかしそうにメンフィスを見つめ、可愛らしくキャロルはうなずいた。


―――それは、新婚覚めやらぬ ある朝の出来事。




Fin.


2001年 「ししぃの館」投稿作品



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