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イェリコ



身体中を襲う縛られたかのような倦怠感は、まぶたを開くことすらキャロルに大変な重圧をかけていた―――。

・・まぶたが重いわ・・すごく。
―――貴方が呼んでいる・・・目を開けたいだけなのに・・・・
頭がぼーっとして、何も考えられない・・・
・・・熱さで気分がおかしくなりそう・・・・熱い・・身体中・・焼け付くように熱いわ・・
上掛なんか・・・・・! 服もいらない・・あぁ誰か!
喉が・・・・・・水が欲しい・・でも・・・・もう声が出ない・・出せない
気持ちが・・悪い――― こんな・・苦しい!!苦しくてたまらない!!!

(・・・タ・・スケ・・・・テ・・・・・・・ ダレ・・・・・カ!!!!!)

手を伸ばそうとして、貴方が私の手を握り締めているのに気が付いた・・
そう、見えなくても分かるわ・・・だって・・・・・・・
きっとこれは私の熱の所為ね・・ふれている貴方の手のひらがとてもとても冷たいわ・・・。
なぜかわからないけど、こうしているとスッと楽になってくる・・・
苦しいけれど、耐えられそう・・・我慢できそうよ・・メンフィス。
ああ、そのまま・・私の身体も冷やして欲しい・・・・・そうしたら・・・

え・・・?

聞こえたの?そんなはずはないわ・・。
もうしゃべれないんだもの、わたし・・・。
でも―――貴方が私を抱きしめてくれている・・・
今、確かに――――――。
ああ・・貴方の腕・・、貴方の重みだわ・・。
やっぱりヒヤリとしていて・・冷たい・・・涼しい胸板・・・・・・貴方の肌・・・
わたしの思いが伝わったのかしら?―――そうだとしたら・・とても嬉しい・・・・メンフィス、メンフィス・・・・。
声がでないのが・・・とても辛いわ・・貴方をずっと呼んでいたいのに――――――
貴方がわたしを呼んでくれているのが聞こえる。
でも不思議ね・・いつもは炎のように熱い貴方が・・
触れるだけで、わたしの身体に火をつける貴方が・・・・・こんなに・・こんなに冷たいだなんて――――――

・・・・・!? 
なにかしら・・・?
さっき不思議なものが―――見えたわ
見える? 瞼があいたのかしら? 
いいえ。そんな気がしただけなのかもしれない――――――だって・・
・・・・・だから夢よ。
うなされているわたしの・・・夢・・・・きっと熱にうかされた・・幻影―――。
ありえない事だもの・・・・

貴方が泣いているなんて―――――――――そんなこと・・・




かすかにキャロルの口が動いている
(み・・・・ず・・?)

「水! キャロル?水か?まて―――すぐに」

ぐいと側の水差しごと口に含み、あえぐキャロルの唇に自らの唇をおしつけ、口移しで流し込む。
ほんの少し喉が動き、・・・しかしほとんどが口元から零れ落ちてしまう。
だがメンフィスは根気強く、何度もそれを繰り返した。
指先で、濡れた唇や頬を拭ってやりながら、わずかなりとも喉を通っているのを確認して。
少なくともキャロルが満足するまで、キャロルが大きく息をついてまた深い意識の底に沈んでしまう前に。
枕もとが既にぐっしょり濡れてしまっている。

「!」

うっすらと瞳が開いた。視点は定まらず夢うつつの状態だったが・・・・

(!?  ・・・・笑った――――――?)

引き潮に引きずられていくようにゆっくり瞼を閉じてゆく瞬間、キャロルが儚く微笑を浮かべたように見えた。
いや、きっとそうだったのだろう。
ほっとするのもつかの間、カクリと力を落として急速に意識を手放していくキャロルを目にし、一瞬ゾッと恐怖が走った。
メンフィスの息が止まる。
心臓が凍りつく音まで聞こえそうなほどに。

「キャロル!!」

・・・・・・・・・・食い入るようにその顔を見、小さいが規則的な息づかいのあるのを随分長い間確かめて、しばらくの後、やっと胸をなでおろした。
荒く肩で息をしている自分に気がつく。

ふ―――――っ・・・・・

腕をキャロルの肩に覆い被せたまま、メンフィスはキャロルの顔のすぐ側に頭を寄せて、突っ伏した。
自分の頬に、さきほど濡れた敷布の感触が不快に触れる。
しばしの間、かまわずに横目にキャロルの顔をじっと見つめていた。
部屋のそとからわずかに物音が聞こえてくる。
何をするでもなく、ひたひたと広がる脱力感に漂いながらそれを聞いていた。

「―――このままでは・・気持ちが悪かろう」

シーツをかえさせねば・・・・

振動を立てないようにゆっくり起き上がり、簡単に自分の衣装を羽織りなおして、あたりを見回す。
奥の台に予備の薄い上掛けが置かれていた。手にとって、キャロルの側に寄る。素肌のままのキャロルをふわりと包み込み、腕の中に抱き取ってから外に声を掛けた。

「お、およびでございますか。」
「しばらく外にいる。部屋を改めよ・・・・・・・・すぐに戻る」

キャロルさまは・・・?

その問いを口にすることははばかられた。
誰にも触れさせないよう大切に守り抱く、うつろな瞳のファラオに声をかけようもない。

奥庭の涼やかなせせらぎのたつ泉の方へ、その後ろ姿は消えていった。




2001年 「ししぃの館」投稿作品




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