chapter 5
〜 幸運 〜
ガサガサ・・っ
カサ・・・・・
「あ・・・」
ちいさな驚きの声を上げて、見上げる幼い少女
かくれんぼでもしていたのだろうか。
背の低い庭木のあいだからひょっこりと抜け出してきたところを、目の前にあらわれた見慣れぬ人影にそのまま硬直してしまった。
「! まぁ・・」
優しげな透き通った声
眩しい太陽がその背に光っていたので逆光で顔が良く見えない
でも・・・
その輪郭を縁取る黄金色はキラキラと輝いてとても綺麗だった。
じっと穴の開くほどみつめてくる視線に、何が少女に興味をもたれているのかその人は気がついた。
「どうしたの?・・・・・・・・ああ・・・髪? やっぱり珍しい?」
そういって目線の高さを小さな少女にあわせて、その人は膝を折りかがみこんだ。
よく見えるように金の髪を一房つまんで少女の目の前に持ってくる。
もみじのような手は、ハッシとその髪の房をつかんだ。
「・・・・・・・・・」
不思議そうに少女は凝視している。こんどは食い入るようにその人の瞳を。
「ふふ・・・。初めて見た?わたしはね、生まれたときから青い眼なのよ。」
肩までで綺麗に切りそろえられたさらさらの黒髪の頭をそっとなぜながら、にっこりと微笑む。
手の中にあるのはお日様の光を集めたような金の髪・・
少女はただただ呆然として声をうしなってしまっていた。
「おなまえは?」
「・・・・・・・・・・」
「・・ん〜と・・・・・きっとこのお屋敷の子よね。お母様はいっしょじゃないの?一人で遊んでいたの?」
「・・・・・・・・・」
とにかく何をどうしても口を開こうとしない少女にちょっぴり肩をすくめて苦笑した。
「困ったわね・・・・よいしょっと。 じゃあ・・・・一緒にお母様をさがしてお散歩でもしましょうか?」
その少女が金色の髪をつかんだまま離さないので、そのまま腕に抱き上げてゆっくりと庭を歩き出した。
優しい微笑みに警戒心はそれほど働かないのか、抱き上げられても少女に特に嫌がる様子はない。
ゆるやかな曲線をえがく庭の小道
品のよい配置で木々が植えられ、木陰を通り抜ける風がさわやかだ。
緑の天蓋で覆われたような東屋が前方に見えてくる。
せせらぎを横に、池を背後に
そして小さな橋がそなえつけられた瀟洒な一角―――
石造りの其処に優雅に腰掛けていた人影が、近づく足音につい・・とこちらを振り向いた。
「・・キャロル・・・・・・ ?・・・・・・なんだ『それ』は・・・・・?」
「え?・・・・・・・・あの・・さっきその奥で会った子なの。」
「ふ・・・・ん」
「あ・・・あんまりじろじろ睨まないであげてね。怖がるじゃない。」
「(むっ)・・・睨んでなど・・」
「にらんでる。 ほら、・・・固まっちゃったじゃない・・・・もう。」
いきなり又見知らぬ大人に覗き込まれて、少女は急に不安を覚えたのか、しがみつくように柔らかな胸の中に顔をそむけた。
「そうよねぇ・・怖いわよね〜。ごめんねびっくりさせて。(なでなで)・・・そうだ!あっちの綺麗なお花を見に行きましょうか?ねっ」
「キャロル!!」
「だからそんな大きな声出しちゃだめだったら。もうメンフィスったら・・」
「まあ!!セシェン!お、王妃様!!!」
「こ、これは娘が大変失礼を・・・・・!!」
飲み物や食事を運ばせた召使たちを大勢後に従え、この屋敷の主人がその東屋に挨拶にあらわれた。
メンフィスはキャロルをつれて少し遠出をしていた。
ある地方を見回りの際、真昼の炎天下を避けて休息にと立ち寄った貴族の屋敷。
神とも仰ぐ国王夫妻の来訪に最高のもてなしを・・と、凍りつくばかりに緊張していた主人の表情にさらに驚愕が加わる。
黄金の王妃のその類まれな美しい髪を、彼の幼い娘がくちゃくちゃとおもちゃにして遊んでいるのだ。
「これ!セシェン!!! こちらへ来なさい!!」
「・・・・セシェン・・・・・セシェンっていうの?(にっこり)」
「・・・・・・・・・・」
少女は名を呼ばれて一瞬顔をキャロルに向けて反応したが、そのままやはり金の髪をつかんでは離しの繰り返し。
「も、申し訳ございません。まだこれにはなにも躾ておりませんもので・・・・・・・」
「いいのよ。面白いのねきっと。うふふふっこんな髪見たことがないから不思議なんじゃないかしら?ね、セシェン。」
そういいながらも、面白がっているのはキャロルも同様だ。
こんなに間近で膝に乗るほどの小さな女の子をだっこするのは普段めったにないことだったから。
とにかく愛らしくてかわいらしい。
つやつやの子供独特の柔らかな黒髪に、ぷるぷるした頬、黒目のぱっちりした瞳。
「本当にお人形みたいにかわいいわ。ね、セシェンはいくつ?」
すると、なにかを考える風にしてキャロルの顔を見上げ、ちいさな指をぎこちなく形作ってみせたのだ。
3つのゆびが立っている。
「! 3歳・・・・3歳ね!」
初めて応答してくれたことに嬉しそうに笑うキャロルにむかって、セシェンはこくり・・とおしゃまに頷いた。
「つい先日に誕生日を迎えたばかりなのです。」
「いちばん愛らしい時期なのでしょうね。本当にかわいい♪」
「でも大変ですのよ。歩けるようになってからというもの、眼を離しますと本当にどこにでもいってしまうものですから・・急に姿が消えて探すのにいつも往生いたしますのよ。」
「それは誰かと同じだな。」
「!!!」
「いまのうちに厳しくしつけておくがよいぞ。勝手にうろつく癖をつけると後々ろくなことがない。」
「ろ、ろくなことって・・・・ひ、ひどいわメンフィス!」
「・・・何もそなたのこととは言ってはおらぬぞ。・・・・・ふむ、ということは自覚があるのだな。・・・・・・そなた、子供のころからなにも成長しておらぬのではないのか?」
「〜〜〜〜っっ」
ふふんとからかい気味に笑うメンフィス王。
悔しそうにムキになる王妃の表情を覗き込み、満足そうに頬に口付けた。
「きゃっ!」
「わかったら側でおとなしくしておれ。行く先々でうろちょろするでない。全く気が気ではないわ。」
「そんな〜〜!!今だってお庭をお散歩していただけなのに〜〜」
楽しげな王の笑いと無邪気な文句が庭園に響く。
いつも高圧的で威厳高く、ある面酷薄な印象を王に対してもっていた貴族は内心非常に驚いていた。
ナイルの王妃を前にした王の優しげな愛情に。
(たしかに王の王妃への熱愛ぶりは噂に聞いていたが・・これほどとは・・・・)
「っっ・・・・・たっ!!」
「メンフィス? ま、セシェン!」
キャロルの膝の上でちょこんと座っていたセシェンが二人の和やかな様子に落ち着いたのか、ふと目の前にゆれていたメンフィスの長い黒髪をひっぱったのだ。
「セ・セ・セ・・・・・っっ セシェン!!!!!っっっ」
両親は真っ青
「こっ!!これ!お離しなさい!いい子だから!!」
「や〜〜〜っっ!!」
あわてて駆け寄りキャロルから引き剥がそうとするのだが、握った手のひらを離そうとしない。
無理やり引っ張ればファラオの髪も益々引っ張られることになってしまう。
「あああっっ な、なんというご無礼を・・・っっ!!こっちへ、言うことを聞きなさいセシェン!!」
「子供のすることなんだからいいわよ。無理強いしないであげて。セシェン、メンフィスの髪もお気に入り?」
「・・・・・・・・・・・」
「無口なヤツだな」
「こんなに大人が大勢いたらあたりまえよ。」
髪を引っ張られたのを良いことに、メンフィスはさらにキャロルの肩近くにまで顔を寄せた。
たゆんだ黒髪をさらさらともてあそびやすくなり、セシェンはさらにご機嫌である。
「・・・・・い」
「? 今なにか言った?」
「・・・・・・きれい・・・・・とっても。」
「!」
今度はキャロルの金の髪とメンフィスの黒髪、両方を片手ずつに持って、あわせるようにして遊んでいる。キャロルの髪の先には黄金造りの小さな髪飾りが無数に取り付けられているので、ふだんよりも絡みつきやすい。シャラシャラと鳴る細い金属音や感触が心地いいのか、いつまででも飽きないようだ。
「すっかりからまっちゃってるわ。どうしよう・・取れる?」
「わたしはこのままでも構わぬぞ。これならそなたが勝手にどこかへ行くことはないからな。お手柄だぞセシェン。」
「?」
ふいに頭をなぜられて不思議そうにセシェンはメンフィスを見上げた。
子供にむかって微笑むメンフィスなど見たことがなかったので、キャロルはびっくりして眼を見張る。
そして・・無性に嬉しくなってくすくすと笑い出した。
「そうね。セシェンってば本当にすごいわよ。」
「?? ???」
交互にキョトンと二人を見上げる。
幼いキューピットはどうしてほめられるのかもちろん全然わけが分からなかったが、二人のこの上ない幸せそうな微笑みに包まれて、そのとき初めてにっこりと笑ったのだった。
彼女の人生最大の勲章は、あの国王と王妃から頬に接吻を賜ったことだという―――。
Fin.
愛の奥宮殿へ