愛の奥宮殿へ  

chapter 33

〜 評価 〜
(King & General 5巻・隙間小話)



今に始まったことではないが・・・ファラオの機嫌がすこぶる悪い。
原因はおおよそわかっているが・・・

「ええい・・・っ どうしてあやつは・・・・」
「いかがなさいましたか」
「ふんっ・・・」

そっぽを向いて、どこというわけでもなく不機嫌な視線で宙を睨む。
ままならない気持ちの落としどころが分からないまま、どうしてよいか分からないといった所か。

ただ・・・わたしがいうのはおこがましいが・・今日のファラオはとても・・そう、『かわいらしい』かもしれない。

「先ほどの事でしたら・・・たいそう喜んでいたではありませぬか。キャロルでしたら。」
「!」

ほんの少しだけ自分よりも低い位置にあった鋭い眼が、剥きになって振り返る。
少し口をへの字に食いしばり、スッと片目が眇められる。

「では・・・では何故笑わぬ!」
「は?」
「嬉しいなら嬉しそうに微笑むものであろう!だが・・あやつはっ!」
「左様でございましたか?」
「そうなのだ!私には一度も・・・っ」

一度も・・・
そう口にしたとたん、ますます表情が硬く強張った。
口に出して改めてその事が衝撃だったのだろう。

手に入らぬものはなにもなく、思い通りにならないことも一切なく、栄華に囲まれ生きてこられたファラオにとって、自分の望んだ通りのことが起こらないという事は確かに耐性のない出来事に違いない。
まことに『初めて』の連続なのだ。

キャロルに微笑んで貰いたくて、そう、その微笑みが見たくて・・・王はかなり連日苦戦しているのだ。

それがなかなか叶わないものだから・・・


実は、今朝はいつになくそわそわしていらしたのだ。
ナイル河畔にキャロルの為に造らせていた巨大な女神像が到着すると聞いていたから。
いつも通りの平静さを装っているようになさっていても、普段と違う落ち着きのなさはにじみ出ていて、相当待ち遠しく思っていらしたのだろう。

〔きっと大喜びするに違いない・・・〕

そう確信して
時折あからさまに笑みすら浮かんでいたぐらい。

何度も到着時間を確認されて
そして、もう半時ほどで宮殿前までたどり着く報告を受けたとたん、一目散にキャロルの部屋へ走っていかれた。
・・・そこまではかなり、いや・・相当上機嫌でいらしたのだ。

そういえば・・・
あの時キャロルは泣いて感動していたように見えたが・・周りに囲まれた民たちに礼を言っていたような・・・
王の思い描いていた、自分への『大喜びの笑み』は返してもらえなかったらしい。


――― 想いの空回り
強ければ強いほど・・振り切れた時の反動は大きい

世の中全ては想定通りには動かないものだ
それをファラオは今目の当たりにしている。

たった一人のほんの小さな少女にただ『笑って』もらう為に、この世の最大の権力を振りかざしてありったけの全力投球をしているのだから、いくら愛の名のもとの行動だとしても受け取る側としては荷が重すぎることだろう。
・・・それは本当に傍から見ていて相当な無茶ぶり行動ばかりとは分かっているが、経験がない者に何をどう説明したところで理解はできない。
ある意味『痛い目』にあわなければ・・・

(まあ、あの娘も普通ではないのだがな・・・)

大したものだと感じる事が時折垣間見られるのだ。
これほどの寵愛を受けながら舞い上がるような事がほとんどない。
不思議なぐらい冷静で。
変わった娘だと出会った当初から思っていたが、相手が誰であっても物怖じしないリンとした態度はどこか王侯貴族にも勝るとも劣らぬ何かを備えている。
なんというか・・・庶民の感覚ではありえない・・ある程度「最上流」で生きてこなければ纏えない空気を持っているように感じられるのだ。
あの巨大な女神像を前に、『ありがとう嬉しいわ』という言葉だけで返せるあたり普通ではない。
今同じような対応ができる者をあげるとすれば・・おそらく女王アイシス様ぐらいだろう。

確かに、あの王と渡り合うだけの度量はあるのだ。

王の隣に立つだけの


ふっと口元に我知らず笑みが浮かんでしまった。
これからどれだけの苦労をファラオはなさるのだろうか?
他人の気持ちを汲み取ることなど生まれてこのかた考えたこともなかった方なのだ。
少女からの愛を獲得するために、慣れない駆け引きに滑稽なほど全力で一喜一憂する年下の主君。

(確かに・・笑ってもらうことができるかどうかは恋愛において最初の一歩だな・・・。)

「・・・・何を笑ってる・・」
「いえ。そんなことは」
「いや、笑っているだろう」

ぷいと横を向いてまた拗ねたようなお顔をされた。
こんなに可愛らしいファラオを今になって見ることになろうとは・・

「ファラオ、キャロルはやっと刀傷が癒えてきたばかりなのです。痛みもまだある状態なのですからもう少し無理のないよう扱わなければ。」
「!」
「お連れになる際は特に・・それにまだあまり多くは歩かせないほうが良いのでは?」
「そうか・・」

そっと優しくの意味だったのだが、どれだけ分かっていただけたのか・・
その時は何かに納得したような表情もあったのだが・・・


後日、キャロルを横抱きに馬に乗せ全力で駆けまわる王を何度か見ることになった。
あれでも『長時間歩かせないように』相当いたわって扱っているのだ。
王は王なりに助言は受け入れているらしい。

(ただ、キャロルはそうは思ってはいないのだろうが・・・)


王の恋愛通知簿にミヌーエは「もっと頑張りましょう」のハンコをペタリと押した。


Fin.








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