chapter 21
〜 観察日記 〜
キャロルが庭先でウロウロしているのは日常茶飯事だが・・
このごろわたしの部屋から見える・・ある背の低めな果樹のあたりで、何かを探しては、じっと見入っているのをよく見かける。
・・・今は花も実もつけていない木だ。
「・・・なにを見ておる?」
「えっ!!!!」
「・・・ん?なんだ? ・・この木がどうかしたのか?」
「いえ・・そのぅ・・ちょっと気になっちゃって」
キャロルが指差した先・・・・
もぞっ
うにょにょっ
「・・・・・・・・これは・・」
「た、卵産み付けられたところを偶然見ちゃったのよ。最近生まれたばっかりで・・な、なんだかそのあとどうなったかなってついつい・・・」
葉の先に細く動いているのは緑色の・・・
「芋虫ではないか・・・・」
「蝶々の幼虫。ほら、この子とあっちの2匹。同じ時に生みつけられた卵の兄弟なのよ♪」
(・・たかが虫に・・・兄弟ってほどのものがあるか?!)
「そなた・・・こういった虫は嫌いではなかったのか?」
「そ、それはそうなんだけどね・・・」
卵から孵化して小さな小さな体がちょっとずつ大きくなるのを見ているとどうしても目が離せなくなってしまったのだという。
もそもそと葉っぱの端をかじっているのを、さも嬉しそうに覗き込んでいる。
木々の近くに巣くう蜘蛛やらイモリに盛大な悲鳴をあげるくせに、それでも近くまで来ると様子を見に足を向けている。
・・・というか、たぶんこのために毎朝その果樹まできて、四半時ほど見入っているのだ。
そんなことが一ヶ月後ほど続いたある日、キャロルが血相をかえて私の部屋まで飛び込んできた。
「アルファちゃんが・・!! アルファちゃんが木から落ちちゃったの!!!」
「ある・・?! な、なんだそれは?」
「蜜柑の木のイモムシ兄弟よっ!」
「・・・・・」
「ね、ねぇメンフィスお願い!あの子を『拾って』」
「・・・・・・・・拾う・・?」
「こっちよ!たぶん昨日の大風でとばされちゃったみたいなの」
「・・・・・・・・」
それほど遠くではないが、例の木の下まで妃に引きずられていくと、砂地の上に随分立派に成長したくだんのイモムシが落ちていた。
アルファとベータ(キャロルが勝手に名づけた)のうち、大きい方のアルファとやらがこやつらしい。
「死んではおらぬ。たいしたことなかろう・・・」
「でも木からこんなに遠くなのよ。お願いよ、葉っぱに戻してあげて」
「・・・・・そなたが戻せばよかろうが」
「だってあんなにおっきいの触れない!!」
「素手が嫌なら小枝にでものせればよかろう。そら。」
「え?!」
・・・かくしてキャロルの小枝によるイモムシ救出大作戦が始まった。
馬鹿馬鹿しくもあるが、キャロル本人にとってはそれこそ必死なことだったらしい。
放っておこうかとも思ったが、あまりに真剣な様子が意外と可笑しくて。
「こっちよ・・こっち。そうそう・・・登って・・しっかりつかまっててね」
悪戦苦闘の末、ようやくえっちらおっちらとその巨大なイモムシを小枝にのせ、果樹の葉に移らせようと腕を伸ばした。
・・・が、
・・・ぽてっ
「・・・・・・・お!」
「ひ・・・@%!&*|¥〜ゃああああああああっっ!!!」
果樹の葉に移りかけたそのとき、風に揺れた梢の勢いで、ぽたりとキャロルの腕にそやつが落ちてきた。
幼虫は落ちた衝撃で威嚇用の蛍光色の触手もびろろんと出し、一層不気味に頭を動かしている
「ふぎゃ〜〜っっっ!!!!いや〜〜〜〜っっっ!!!!!!!!!」
「キャロル! おちつけ!」
「お、王妃様!!!! ファラオ!どうされましたっ!!王妃様はっ!?」
あまりの壮絶な絶叫に庭中の兵士どもがかけつける
顔面蒼白で叫び続けるキャロルに一層度肝を抜かれ、すわ暗殺かと宮殿の奥からも増援が押し寄せた。
「・・・大事ない。皆の者。」
ひょい・・と、キャロルの腕にのさばる親指大ほどのイモムシをつまみ上げ、「兄弟」のいる葉の隣にのせてやった。
「これでよかろう。・・・触れもせぬのに世話など焼きおって・・」
「ひっっ 嫌〜〜〜っっ その指でさわらないでっ!!拭いて拭いて〜っ」
「・・・・・(ムカ)・・なんだと!」
「だってイモムシよ!イモムシ触った手でっ!!」
「『そなたのイモムシ』だろうがっっ!!ええぃ無礼なっ その手を出せいっ!もう一回乗せてやる!!」
「やっ 嫌・嫌・嫌〜っっ!!! だから触らないでって言ってるのに〜〜っ」
「まだ言うかっっ!!!!」
・・・特大の二匹を手にキャロルを追いかけるメンフィス王。
微笑ましい平和な風景といえばそれまでだが・・・・
しばらくの間、兵士達は何のことやらとあっけにとられたのはいうまでもない。
その後・・・アルファとベータの二匹のイモムシたちは、『王妃様の虫』ということで奥宮内で結構有名になった。
サナギになるまで毎日、王妃は彼らの様子をわざわざ見に行っていたという。
「・・・しょうこりもなく・・」
果樹の側で恐る恐る覗き込むキャロルの姿を、やはり毎日メンフィスも部屋から眺めることになった。
観察しているときのキャロルのあのおっかなびっくりな百面相・・
彼らが無事に飛んでいったあと、もうそれも毎日みられなくなるのかと思うとちょっと残念に感じてしまったことは、王妃には秘密である。
Fin. 
© PLEIADES PALACE
愛の奥宮殿へ