愛の奥宮殿へ  

chapter 20

〜 愛しき調べ 〜




おや・・竪琴の音が・・

今宵の宴の為の練習か
奥宮殿の方から雅な音が響いていたのにイムホテップが気づいた。

侍女が弾いているのだろうか
・・しかしあまり名手とはいえない音色だのぅ。

それを聞くとはなしに意識をむけていた時、ふと目前のファラオの表情に変化があらわれたのを目にした。

・・どことなく・・・うっとりとその音を追っている


(ほう・・?)


「・・・もしや・・・王妃様のお手ですかな?」
「そうだ。」

きっぱりと王は断言した。
だがイムホテップは少々首をひねる。
芸能関係にはどちらかというと王は疎いはず・・・
いくら熱愛する愛妃の手とはいえ、弾いている音色まで区別がつくのだろうか?
ファラオがそこまではっきり言い切る事に、彼は単純に不思議を感じた。

「しかし・・竪琴など奥の者なら誰でも奏でまするぞ。・・新米侍女かもしれませぬ。何故王妃様と?」


ふん・・とメンフィスは笑った。
どこか少年の面影を残す口元が悪戯げに。

「あれはな、必ず同じところで 『間違える』 。」


「・・・は?」

「もうすぐ弾き誤るぞ。・・・そら」



ぽろ・・・ぽ    ・・・ぽぽぽろん



言われた通り、ぷつり・・と不自然に旋律が途切れた。
弾きなおしても・・弾きなおしても・・。
確かに同じ場所で止まる。

「・・・・なるほど・・」
「何度やってもあそこでつまづくのだ。」

そうしてまた・・淡い微笑を浮かべて王は静かに瞳を閉じた。


―――その後も繰り返される拙い旋律

だが・・それを聞くメンフィスの脳裏には、彼女の奏でる姿が目の前に見えるが如く映し出されているようだ。
弾き間違えたキャロルのその表情までもが、彼には手に取るように分かるらしく、 くすり・・ とときおり苦笑する。

愛しい者の奏でる音は・・全てが愛らしく・・なにより心を和ませてゆく。



「全く・・・ 不器用なヤツめ」



玉座に頬杖をつき、くつくつと笑うメンフィス

イムホテップも協議を終えた机上の書類を纏めながら、そうですな・・と深い皺の奥で柔和な笑みをこぼしたのだった。








Fin.





             愛の奥宮殿へ