愛の奥宮殿へ

chapter 2


〜湯殿日記〜


ちゃぷん・・・・


ふんふん♪


ゆらゆらと煙る白い湯気の中に王妃の楽しげな気配が聞こえてくる。


「さてと、これくらいでいいかしら?うふふっ」

パシャパシャと湯が跳ね返る。

奥宮の一角から芳しい甘い香りがあたり一面に漂っていた








「・・・・・これは・・・?!」

立ち尽くすメンフィス・・・


視察を終え、帰城後足早に湯殿へ直行したメンフィスの目に入ったものは、一面オレンジな湯船であった。

色・・・ということではなく、文字通り『オレンジ』そのものがぎっしりと・・・・

ぷかぷか浮かび、水面をびっしり満たしている・・・・


「な・・・なんなのだ?! これはっっ!!」

「はぁ・・・そ、それが・・その・・・」


めんくらうメンフィスに、付き従う侍女が恐る恐る声をかけようとしたとき、奥回廊からパタパタと駆けてくる聞きなれた足音が耳に入った。


「メンフィス!お帰りなさーい!!」

「キャロル?!」

「うふふふふ。今日は一日中駆け回ってきたのでしょう?お疲れ様。」


にこにこと嬉しそうにメンフィスの胸に飛び込み、あまえるキャロル


「さては、そなたの仕業か?これは・・・一体」

「オレンジのお風呂よ。柑橘系のはいったお風呂って、とっても血行にいいのよ。疲労回復にすごく効果があって。それに体も温まるし。ほら、いい匂いでしょう?」

「下に沈んでいるのは何なのだ?」


揺れるオレンジの隙間からかろうじて見え隠れするのは、これまた底に一面の謎の物体・・・・


「あ、それ?それもオレンジよ。皮を天日干しにして、布袋に詰めてあるの。ああ、浮き上がらないようにおもりがついているのよ。結構苦労したんだから。」



それにしても・・・

20個以上は沈んでいるような・・・・



「・・・・・いくらなんでも入れすぎではないのか?」

「これくらいしないと香りがでないんですもの・・市販の入浴剤なみにはなかなかならなくて」

「入浴剤?」

「え?ああ!!・・現代では私よく使ってたのよ。・・・・・あの・・えーと・・・ほら、湯船に香油をたらすこと、よくするじゃない。華を浮かべるとか・・・あれの強力健康版・・っていったらいいのかしら?」

「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・もしかして・・・・気にいらなかった・・・?」

「いや、・・・・・・少々おどろいただけだ。」


そう言っておもむろにメンフィスは背を向けた。



ざっ――――――

バフッ



「きゃんっっ!!」

キャロルの頭上にメンフィスの羽織っていたマントが放り投げられた。

それだけではない。

身に付けているものを次々にキャロルへ放り飛ばしていく。

首飾り、腕輪、上着にベルト・・・・・

わたわたと受け止めながら大いにキャロルは慌てた。


「わっ、ちょっとメンフィス!!」



ざばぁぁー―――――――んっっっ!!



「☆▽◇○×!!!!!!!」

「どうしたキャロル。何をへたりこんでおる?こちらへまいらぬか」

「い、い、いきなりなによっ!!メンフィスったらっっ!!!!!」


張り上げた声もすっかり上ずってしまっている。

視界にちらついたメンフィスの姿に、もう、呆然としてしまって・・・!!

どぎまぎと受け止めた衣装を調えなおす余裕もない。


「おかしな奴だな。ふっ・・なんでもよいから、飲み物でももってまいれ」


恥ずかしさに真っ赤な様子のキャロルが可愛らしくてしかたがない。

慌てふためく姿を眺めながら、喉の奥で笑ってしまう。

まわりにいた侍女たちが、手馴れた風にキャロルを助け、散乱したメンフィスの衣装を調えてゆく。

なんとか平静さをとりもどしたキャロルは、そっと酒盃ののった盆を手に、気をとりなおしてようやくおずおずとメンフィスのすぐ側まで寄り添った。


「遅いぞ!」

「ご、ごめんなさい。でもそんなに怒鳴らなくってもいいじゃないの!こっちはびっくりして・・・」

「みな下がれ!キャロルがおるから、あとはもうよいぞ」

「へっ?!」

ぎろっと反射的にメンフィスの瞳が釣りあがる。

「なんて声を出している。そなた、わたしをくつろがすためにこうして手はずをしたのであろう。ならば今日はそなたが私の侍女役だ。」

「だ、だって・・」

(メンフィスの考えていること・・・二人きりになりたいって、みんなに見え見えじゃない・・・・)


案の定、くすくすと流れ聞こえる侍女たちの笑い声・・・

こういうことのあったあと、さすがにあとで顔を合わすのがなかなかに恥ずかしくってたまらないのだ。

ナフテラの挨拶のもと、みな退出を促されて、そのざわめきも次第に段々遠くなっていく。




おとずれた静寂にほっと息をつくのもつかの間だった。

滴り落ちるしずくをまとったままの腕が、湯船の端に座るキャロルの体に襲いかかった。


「や、やだ!!メンフィス!!服が濡れる・・・!!!」

「では気にならぬよう脱がしてやろう」

「きゃぁぁっっっ!!うそ!やめて!!!」

「ははははは。そら」


巻きついた腕にじたばたもがいていたが、所詮無駄な抵抗。

到底キャロルにはずせるものではない。

とうとうメンフィスに引きずられるように湯船に落とされてしまった。



バッシャーーーーーーン!!!



ことさら派手に響き渡る水しぶき

それと同時に発せられた高らかなメンフィスの笑い声


「あっはっはっはっはっはっはっは!!!」

「もおぉぉぉぉぉ!!!!ひ、ひどいわっっ!ひどいっメンフィス!!!」


たっぷりと袖のある衣装は、湯水を含んで恐ろしく体の動きの自由を奪った。

腕ひとつ動かすにも、物凄い負荷がかかる。

そこへメンフィスの腕が体を縛り付けるものだから、もうどうにも動けない。


「こら、あばれるな。こちらを向けい。」

「なによ!もう!メンフィスの意地悪!!こんなのってないわ!!」

「せっかくの湯だ。そなたとゆっくり堪能したいぞ。ふん・・・なかなかよい香りではないか。」


しっかりと抱き寄せられる格好のまま、ざぶんと肩まで沈みこまされる。

黄金の髪が広がり浮かび、それは動くたびにゆらゆらと優雅に水面に舞い踊った。


鼻孔をくすぐるあまいオレンジの香り・・・

そして直接身に触れるメンフィスの熱い肌・・・


さすがにもう逃れられそうにない。

観念して、キャロルは抵抗していたからだの緊張を解いた。

すると、同時にメンフィスの暖かい指がふわりと背を抱きしめる。


「メンフィス・・・」

「こうしてそなたと共に湯にはいるのは初めてだな。」

「!!!何度もあったら困るわよ!信じられないわ!引き落とすだなんて強引過ぎるわよ!!」

「ははは。そう口をとがらすな。入れと命じても素直にそなたはきかぬであろう?」

「あ、あたりまえよ!」

「だからこうした。」

「!」

「ふふ。しかし、オレンジが少々邪魔だな。こんなに浮かんでいてはせっかくのそなたの体が隠れてよくみえぬ。」


そう言いながら、背に回された手はしっかりと体のラインを確かめている。

ゆらぐ衣装も波間の中で次次にはずされつつあった。


「もう!メンフィスのエッチ!!これじゃあちっとも貴方の体が休まらないじゃない!!せっかくわたしが貴方の為に苦心して・・・」

「何を言う?そなたさえこの腕の中にいれば、わたしの疲れなど一瞬で消え去るということを知らぬのか?ん?」

熱くかさねられる唇

「そなた自身こそが、わたしの安らぎのすべて・・・そんなことも今まで分からずにいたのか?」

「だって・・・・・それは・・・・・・・・」

「こやつめ許さぬぞ・・・・どうしてくれよう」

「あ・・・・・」


寸分も離さぬように更にキャロルは抱き寄せられた。

髪を掻き揚げるようにメンフィスの指が頭を支える。

大きな両手に包まれると安心しきってしまって

何もかもが記憶の果てへ遠くなる

吐息から吐息へ伝わる愛しいメンフィスの心の叫び

覆いつくす熱気が、いやがうえにも思考を徐々に麻痺させていく。

顔をつたいゆく優しい口付けは唇までたどり着くと、激しく襲いかかりまだ満ち足りないとばかりに何度も吸い付いた。


「キャロル・・・・」


ときおりもれるメンフィスのささやきに、意識が全て飛んでしまいそうで・・・・

自分の息がだんだん荒くなっているのに気がついて、キャロルははっと頭に血が上った

(や、やだ・・・恥ずかしい!!!)

とっさに水面に顔をふせる。

熱い・・頭ばかりが熱くてのぼせあがってしまっているようだ。



ぐらり・・・

いきなり視界が回りだした

(え?!!!眩暈?!)

胃の底から急に湧きあがる嘔吐感。たまらず顔をそむけ、伸ばした手の先にかかったメンフィスの肩におぼれるのを逃れるかのようにすがりついた。

(な・・・なんなの???!!)

頭の先から音をたてて血の気が引いていくのが分かる。

さっきまで、あんなに熱を帯びていたはずの頭部に冷汗が走る。

しがみつく腕にも急速に力が抜けて、自分をささえることすら困難になっていた。


「キャロルっ?!!!」


いきなり顔をそむけて眉をしかめるキャロルを抱き、血相をかえたメンフィス。


「ご、・・・・ごめんなさいメンフィス・・・なんだかちょっと・・湯あたり・・・しちゃったみたい・・・・・・・・急にき、きもち・・わるく・・・」

「な・・・!!!し、しっかりいたせ!!!キャロル、す、すぐ横に・・・」


苦しげな息遣いに驚き、慌ててゆぶねのへりまでキャロルを抱きつれあげようとしたそのときだった。



ずずっ――――っ!!!



「うっ!!!」

「ええっっ???!!」


「うわっっっっ!!!!!!!!」



ざっぱぁぁぁぁぁぁああああーーーーーーん!!!!



あろうことか、メンフィスが湯船に沈むオレンジの布袋に足をすべらせバランスをなくし見事に背から横転してしまったのだ。

もちろんキャロルもろとも頭からざっぷりと。

一段と派手な水しぶきといっしょに大量のオレンジが華やかに跳ね上がる。


「キャ、キャロル!!!!大丈夫かっっっ!!!!」

「う・・・・」

「キャロル!!!!し、しっかりいたせっっ!!!すまぬキャロル!!おいっっ!」

「・・・・・・・・・・ひっ・・・うくっ」


ざばざばとオレンジの転がる湯船を掻き分け、沈んだキャロルを引っぱりあげる。

メンフィスは顔面蒼白のまま、とにかく湯の中からキャロルを連れ出し、手近な布で包み込み、朦朧とした意識の妃の顔を覗き込んだ。

「キャロル!!!!」

「・・・・・ケホッ    ・・・・・・・グフっゴホっ!!!」

「み、水は飲んでおらぬな?大丈夫かっ!苦しくはないか!!キャロル?」

「・・・・え・・・ええ・・・・・・・大丈夫・・・・・大丈夫だけど・・・・・・・・くっ・・」

急に背を丸めて肩を震わすキャロルに、メンフィスは更に真っ青だ。

侍医を呼ばんと大声を張り上げようとした時、不意に妙な声が聞こえ目をむいた。


「・・・ふふ・・・・・くっくっくっ・・っふふふふふっっうっぷくっくっくっっっっ!!!!!!」

「キャ、キャロル?」

「だ、大丈夫・・・だから。本当に・・大丈夫・・くっくっっっ・・・ご、ごめんなさい!!!お、おか、可笑しくってっっっ!!!!」


苦しんでいるのかとおもいきや、キャロルはなんとおなかをかかえて転がり笑っている。


「メ、メンフィスが・・・メンフィスがっっ・・あんな・・・・すべって・・・ぷぷぷっ」


先ほどの転倒を思い返して、笑っているのだ。

メンフィスの顔に一気に朱がさす。


「え・・・・ええいっっ!!!そ、そなたがいきなり苦しみだすから慌てたのだっっ!!そ、そうだ!だいたいあの袋がやりすぎなのだ!!!オレンジもそなたがあそこまでむやみに放り込まなければ・・・・・・!!!!」


もう既に、キャロルの笑いのツボは収まりそうになくなってしまっていた。

顔を真っ赤にしていいわけするうろたえ気味な口調も可笑しくてたまらなかったらしい。

ころころと、もう、それこそ苦しいほどにおなかをよじって、目じりに涙まで浮かべて笑いつづけている。


「う、うるさい!うるさい!うるさいっっ!!!いいかげんだまらぬかっ!!!」

「ごめん・・・ごめんメンフィス!!で、でも・・・っっっ!!!ああどうしようっっ!!もう、と、と、止まらなくってっっっ!!!!」

「こっこのぉぉぉぉっっっっ!!!!わっわたしを笑うなど許さぬぞ!!!」

「きゃっ!!!くっっ!!ぷぷぷぷっ!!だ、だから、ごめんって・・・・!!!」

「〜〜っっぅ まだ笑うか?!!! 許さぬっっっ!!!かっ覚悟いたせ〜〜〜っっっ!!!」



バァァァァン――――!!!


いきなり湯殿の扉を蹴飛ばして飛び出してきたファラオに仰天したのは控えていた侍女たちだ。

「メンフィス様っっ?!!!」


メンフィスは猛然と妃を腕に抱き、一直線に王の居室へ消えていった。

あまりにあっというまのことで誰も声のかけようもない。

ただ床には滴り落ちる湯水のあとがべとべとになって二人の通り過ぎたあとにくっきりとながれおちていた。

体を拭くことすらしていなかったのだろう。


(・・・・・・ゆ、湯船から直行っっ?!☆▽○!!!!?!?!)


侍女たちの脳裏に思わず同じ妄想が浮かぶ

互いに顔を見合わせたとたん、全員でその想像に思い切り赤面してしまったのでありました。





Fin.