chapter 15
〜 大切な宝物 〜
チャリ・・・
キャロルは湯浴みに向かう前に後ろ手に首飾りをはずし、部屋においている小箱の中にそれをおさめて蓋を閉めた。
軽く髪を纏め上げ、髪留めで止める。
いつものように湯屋に入り、いつものように寝室へ。
そして、いつものように眠りにつき、いつものように朝を迎えた。
「・・・・・?」
朝の身支度をしながら小箱をあけるといつもあるはずの中身がない。
あちらの棚、こちらの衣装箱・・と、手に触れそうなところをくるりとめぐる。
「・・おかしいわね・・・・いつものようにここに入れたと思うんだけど・・へんな所に無意識に置いちゃったかしら?」
毎日のことなので、そんなにかわった所に置き去りにすることはないはずだけど・・と心当たりを見て回るが、どうも見当たらない。
しかたなく、一旦あきらめて衣装を調えることにした。
(いつもつけていたものがないっていうのは・・なんだか落ち着かないわ。。)
胸元に手を押し当て、大丈夫と言い聞かすのが癖のようなもので・・・。
このところ人前に出るときや、謁見の前には必ずそうして心を落ち着かせていたのだ。
現代で愛用していたものを思い出して職人につくってもらったのだったが・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・」
カタ・・・
あきらめ悪くまた同じ小箱を覗き見て、ため息混じりに蓋を閉める。
「う〜・・ どうして・・・無いの????」
********************
「・・・・・・・・・・(むすっ)」
キャロルが胸にいつも好んでつけている首飾り。
いつも・・・衣装の下にひっそりと隠すように身に着けているもの・・。
装飾品にしてはあまりにそっけない銀の細工
それでも肌身離さず、夜眠る時以外はほとんどはずさずにいる。
・・・・・気に入らぬ
わたしの与えた宝飾品でそこまでキャロルに気に入られたものはないからだ。
あやつ・・・どんなに素晴らしい細工のものであっても、実際に好んで日々身に着けることはせぬからな。
なのに・・なぜ「これ」だけはそれほど大切に扱うのか?
金
銀
紅玉
藍玉
翡翠
琥珀
魚の目・・・
どれもこれも・・・何をあしらってもキャロルにとって一番にはならない。
それがとにかく腹立たしい。
キャロルにとって一番な事は、全てこのわたしでなければ。
たとえ装飾品ひとつでも、他に劣るなど・・・・
「〜〜〜〜〜っっっ・・・・!!!」
先ほどからずっと・・・・
ファラオは鬼眼の形相で、こぼれんばかりに詰められた宝石の箱を睨み、黒いマイナスプラズマを放出させ続けている。
よびつけられた宝石商は平伏しながら、いつ自分の命が消えるかと全身に脂汗をまとっていた。
この異様な王の不機嫌な沈黙を目の前にしながら、先ほどから訳の分からぬ恐怖におびえているのだ。
ダンっ!!
(ひぃっっ・・!!)
「・・・・・おい、そのほうだったな。妃の気に入りの首飾りを作ったのは」
「は・・・はぃ? お、お、お気に入り・・・と仰いますと・・・・?」
ちゃり・・
メンフィスは手の中に収めていた小さな飾りを指先に絡め出した。
「あ!」
見覚えのある銀の細工品
思わず声が裏返る商人。
「いや、そ、そ、それは確かに・・・い、だいぶ以前に王妃様からご注文いただいたものでございますが・・」
苛立ちのおさまらぬ声音でメンフィスは椅子の肘掛を叩いた
「・・・・これ以外に他にまだなにか作ったものでもあるのか?」
「い、いいえ・・・(ぶるぶる)」
「では『これ』は何だ?」
「は?」
「だから妃がそなたにつくらせたこの首飾りは何だったのだ?」
「そ、それは・・・ 」
「はっきり申せぃ!!」
「わ、わたくしも実は良く分からないのでございます。ただこういう物をと仰せになられただけで・・・ほんとにそれだけで」
「・・・・・・・・」
「あ、あの」
「・・なんだ?」
「そういえば確か、お渡しした時、それを持ってお祈りされていたので・・・・きっと王妃様にとって神聖なものに違いないとは思いましたが・・・」
「祈り・・・?」
「ええ。そうでございます。お届けにあがった時、わ、わざわざ跪かれて受け取られたんで、もうとても驚きまして・・・・」
「・・・・・・」
(護符か?)
そんなに大切なものを、わたしに黙ってこっそり作るとは・・・
(――― 何故わたしに言わぬ?)
そうなのだ・・
『これ』の扱いに関しては、まるでわたしに隠すように振舞うのもひっかかるのだ。
たかが一つの首飾りごとき、目くじらをたてることもないとは思うが、
――思うのだが・・・・
「ええいっ くそぅっ!!(だんっ)」
(ひえぇっっ!!)
そうしてまたファラオは眉間にしわをよせながらブツブツと一大長考に突入した。
「・・・・・・ ぁ・・・の・・・・・・ファラオ・・・・・(油汗)」
”コンコン♪”
そのとき、ふいに執務室の扉が軽い音をたてて小さく開いた。
「メンフィス?ごめんなさいちょっといい?」
「!」(←メンフィス)
「はがっ!!」(←宝石商)
「・・・・? どう・・したの?」
なにやらただならない硬直の空気にぶつかり、部屋を覗き込んだキャロルが不審そうに入り口で立ちすくむ。
キャロルに対して真正面を向いて座っていたメンフィスは一瞬引きつった頬を瞬時に微笑の下に埋めた。
「なんだ?いかがいたした。」
「え・・ ごめんなさい。お、お取り込み中なら後にするわ。」
「いや構わぬ。入るが良い。」
「・・・・そう? あ!貴方・・・」
「せ、先日は・・・・ありがとうございました。王妃様。」
「こちらこそ・・・。・・・・・・・・」
そこに同席していた見覚えのある宝石商に気づき眼があうと、キャロルは気まずそうに口を濁した。
せっかく作ってくれたのに、首飾りを無くしてしまったというのがどうも後ろめたくて。
もう一度作ってくれと頼もうかとも一瞬思ったが、まだ心当たりを探しきっていないのでキャロルは言いかけた言葉を飲み込んだ。
宝石商はというと、ファラオの視線と王妃の申し訳なさげな様子とに板ばさみで、ひたすら冷や汗をかいていた。
王妃の考えはすぐ表情に出てしまう。
――心優しい王妃様、
ああ、きっとあの首飾りをなくした事を気に病んでおいでだ・・
わたしに気をつかっていらっしゃるのが分かりすぎて胃に痛いです
しかもそれって今、ファラオがお持ちなんですが・・・
そんな事、口に出すことなどできようはずがない。
「何用か?キャロル」
「ちょ・・・ちょっとね。(キョロキョロ・・・)え〜と・・・・・昨日、しょ、書類を置き忘れたかと思って・・・」
(・・・・やっぱり無いわ・・・昨日ここにいて、それから部屋に戻ったから・・・もしかしらたと思ったけど・・・)
「書類?そなたに関係するような書面などここにはなかったぞ。」
「え?そ、そう? じゃあ わ、わたしの勘違いね。おほ、ほほほほ(^^ゞ ごめんなさい。お邪魔しちゃって。」
机や棚の上に視線を滑らせ、ふとメンフィスの執務机に乗っていた宝石箱に眼を止めた。
零れ落ちそうなほどてんこ盛り状態の宝石の山。
興味をそそられてひょこっとメンフィスの隣で覗き込む
「・・・・・凄いわね。何か作るの?これで」
「・・・・・・・まあ、そうだ。そなたに似合うものをと思ってな。」
「え?わたしの? い、いいわよそんな勿体ない。(ふるふる)」
「勿体ないだと?そんな事を申すでない。」
「きゃぁっっ!!」
キャロルはいきなり真横から羽交い絞めにされた。
「なんでも作ってやるぞ。そなたの欲しいものなら『何でも』な。」
「欲しい・・もの?」
「うむ。あるなら申せ。さあ。」
「そ、そんなこと言ったって・・・・・・えと・・」
すこし口ごもっている風にしながらも、でもやはりというかなんというか、王妃の口からは結局『何もいらない』という返事しか返ってこなかった。
――― イラっ
メンフィスの感情が見る見る逆向く
「あ、あの、ファラオ、わたくしはまた後ほど出直させていただきます。」
慌てて宝石商はその場からの退出を申し出た。
自分がいては王妃の願いも言い出しにくいだろうし
なにより・・・
ファラオの逆鱗にこれ以上触れたくない―――。
メンフィスも特に彼を留めることはしなかった。
宝石商はそそくさと平身低頭しながら部屋を抜け出した。
そうして・・
二人きりになった執務室
メンフィスはキャロルを腕の中からそのまま離そうとはしなかった。
「キャロル・・」
ひざの上にのせた妃を後ろから強く抱きしめ、愛しげに頬や額に唇を落とす。
腕の中の柔らかな体は素直に力を抜いた。
メンフィスにされるがままキャロルは体を預ける
ほんのひと時の甘い時間。
謁見だ協議だ視察だと・・実際お互い日中は何かと忙しく二人だけで過ごせる時はあまりないのだ。
キャロルとてこんな風に愛されて嫌なことなどあろうはずもない。
キャロルも微笑を含んで、そのままメンフィスの腕の中でしばらく甘えていた。
・・・・が、
(・・・・・・・?)
「メンフィス? 何持ってるの?」
ずっと先ほどから右手に何かをにぎったまま髪をもてあそんだり頬をなぞる指の不自然さにキャロルは妙な違和感を感じた。
何気なく彼の右手に触れてそう聞くと、急にその指が強くこわばった。
指をこじ開けようとするとパンっとその手を振り払う。
「?」
「・・・・・いや・・なんでもない」
「何?メンフィス?? 変よ?どうしたの???? ま、まさかケガでもしているの!」
「なんでもないと申しておろう」
「なんでもないなら見せられるでしょう? 何よ?何でもなくなんてないじゃない。ほら手見せて!怪我なら早く手当てしなきゃ」
「怪我などしておらぬ。」
「じゃあ何よ? 気になるじゃない。あ、駄目!逃げるなんて!!!」
メンフィスはいきなり席を立ち上がり隣室に逃れようとした。
だがそれをキャロルはすばやく先回りして通せんぼをするように両手を広げ立ちふさがる。
変に隠し立てするのが凄くあやしい
こうなったらどうしても白状させるわ・・とばかりに、キャロルはメンフィスを追いかけだした。
「待ちなさいよメンフィス!!」
「やめぬかキャロル!」
「やめない!!」
そういいながらもメンフィスは捕まってなるものかと机や椅子をはさんでグルグルと鬼ごっこのように執務室を逃げ回ること数分。
「えいっ」
「!」
「捕まえたわ!さあメンフィス!白状なさい♪」
「・・・・キャロル」
がばっと背中から抱きつかれ、もう絶対離さないとばかりに腰にしっかりと両腕を回されてしまった。
メンフィスが額に手を当てため息混じりに後ろを顧みると、そこにはキラキラと目を輝かせて勝ち誇ったように嬉しそうなキャロルの満面の笑みがあった。
(・・・・・・わたしとしたことが 一体何をしているのだか・・)
うかつだったとしか言いようが無い。
「メ・ン・フィ・スっ!」
「・・・・・・・」
背中からくるりと正面に回りこみ、右手にとりつきぶら下がる。
そんなキャロルにとうとう降参してゆっくりとメンフィスはその指を開いた。
シャリン・・・っ
「あ!・・・・・・・・・」
極細の銀の鎖が白く光りながら指の間からするすると零れ落る。
その手の中に現れたのは見覚えのある小さな銀のペンダントトップ。
「・・・・・・・」
「これ・・・・ずっと探していたのよ」
どうして?
・・・なぜメンフィスが?
ていうか・・
なんでわざわざ隠したりなんか・・・
(・・・・あ!まさか!!)
見上げると、メンフィスはおもむろに手の平にあった銀の首飾りをキャロルの小さな両手の中にシャラリと落とした。
「メンフィス?」
「・・・返したぞ。」
「どうして持っていったりしたの?貴方がこんなもの」
「・・・そんなものだからだ。」
「?」
「・・・・ふんっ そなたがそんなつまらぬ物を大事にするから・・・・」
「え・・・なに?????」
「もうよかろう。そなたの察しのとおり確かに持ち出したのは私だ。・・返したのだから怒るな。」
「・・そりゃ別に怒りはしないけど・・・・・もしかして貴方これの代わりのものでも作ろうとしていたの?」
「・・・・・・・・」
机の上の宝石箱
手の中にもどってきた首飾り
その両方をキャロルはしげしげと眺めた。
確かに他の装飾品よりこれは大事にしていたけど・・
それも肌身離さず持っていたし・・・・
(まさかね・・・ 首飾りに・・やつあたり???)
メンフィスは拗ねたようにずっと顔を横に向けている。
きっとその予想は「当たり」だったのだろうとキャロルは瞬時に見定めた。
銀のペンダントトップはメンフィスがずっと握り締めていたせいで今もほんのり温かい。
「・・・」
なんというか・・・メンフィスの辿った今までの一連の行為を連想すると・・
・・・とてもかわいらしくて
こっそり箱からこれを持ち出して、あれやこれやと思案していたのかと思うと・・
――くすっ
思わずキャロルは口元が緩んでしまった。
「・・・・・・何を笑っている(←超不機嫌)」
「メンフィス、これね、『ロザリオ』っていうの。飾りじゃなくてわたしのお祈り用の道具なの。」
「・・祈りの道具?護符のようなものか?・・なぜわたしに秘密にしていたのだ」
「秘密??そ、そんなつもりはなかったんだけど・・ん〜・・なんていったらいいのかしら? 確かに目立たないようにと思って目に付かないようにはしていたけど・・・話すと長くなるんだけど・・」
「よい申せ。聞こう。」
「―――ええと・・じゃあ、どこから説明したらいいかしら? ・・・・遠い未来にキリスト教っていう宗教が興るの・・これはそのお祈りの時使うものなのよ。」
ちょっと話が長くなりそうだったので、キャロルはポスッと傍らにあったクッションのきいた広いソファーに座り込み体勢を整えた。
ふんわりとすそを広げたその側にメンフィスも腰を下ろし向かい合う。
キャロルはぽつぽつとロザリオについて説明をしだした。
十字はキャロルにとっては聖なる印であるということ
朝や夕べに祈りをささげ、そして7日に1度は教会という神殿へ詣でるのだという。
キリストと言う神とその聖母への祈りを唱えるとき、この十字の飾りを崇敬するらしい。
肌身離さず身に着けていたのは幼い頃からの習慣で、手にすると安心するからだという。
魔除けの効果もあるらしい。
「キリスト教はまだこの世界には無いものだし、エジプトの宗教とは全然違うものだから内緒で作ってもらったんだけど・・・。もともと私だけが使えればいいものだったから。・・・・・あのねメンフィス、黙っていたのは別に特別に貴方に知られたくなかったという意味じゃないのよ。ただ目立つと歴史に影響したら困るからと思ったからで・・・」
「・・・・・?」
「母がいつもお祈りを欠かさないようにって小さい頃ロザリオのお祈りを教えてくれたの。だからかもしれない。身に着けているのはわたしにとってただ習慣なのよ。おまじないのようなもの。これがあるだけでわたしなぜかどんな時でも安心できるの。以前使っていた母がくれたロザリオはもうちょっと大きくて手のひらぐらいのものだったんだけど・・・」
『神様はいつでも貴女を見守っていますよ』
何かあるたび、そういってくれた遠い昔の母の言葉
幼い頃にすり込まれた十字架へのお祈り
お化けが恐くてしかたがなかった時(兄達がそばにいなかったときは特に)、銀の十字架を持っていれば絶対近寄らないと聞いてひどく安心したものだ。
(あれって吸血鬼の話なんだけど・・・ わたしの場合オールマイティだったものね。。。)
無意識にだろうが、キャロルはずっと指先に持っていた十字を唇にあてるようにして話していた。
懐かしそうに。。
おそらく、いつもそうして祈りを唱えていたのだろう。
幼い頃からずっと・・・
「なるほど・・・そなたがそれほどに信奉する神ならば、いっそ大神殿を築き奉ろうではないか。」
「えっ?!」
「ナイルの母女神も大いに崇敬するという神だ。女神の神殿と一緒に新たに増築するとしよう。すぐに新都に着工を・・・」
「だ、だ、だ、ダメよっ!!!!(←絶叫)」
「? なぜ?」
「絶対にダメ。言ったでしょう?キリスト教はこの世界にはまだ無い宗教なの。存在してはならないの。だから目立たないように内緒にしていたんだから!!」
「????」
「もしも・・・この世界にそんな大それた形跡を残したら・・それこそわたしが『神罰』を受けるわ。」
「な、なにっ!」
「そうなの!本当にわたしが神様の怒りを受ける事になるから・・ お願い!し、神殿だなんて絶対に許されることではないのよ!」
血相を変えてすがりつく妃に驚きながらも、その真剣さには尋常ではないものを感じた。
メンフィスとて大切な妃を神の怒りで奪われてはたまったものではない。
「そうか・・・・・・ わかった。・・それほどの秘儀ならば・・内密にいたそう。」
「あ、ありがとう。(ほっ)」
(・・・・・よかったわ・・・歴史にありえないことをしてしまったら・・それこそどうなってしまう事か・・・)
「だが・・・」
「な、なに?」
「そなたに何もしてやれぬのは・・やはりおもしろくない」
「え・・・・?!」
「いつも申しているであろう。そなたの望みはすべて『わたしが叶える』と。」
チャリンっ
「あっ!」
メンフィスはキャロルの手からもう一度その銀の十字架を取り上げた。
そしてそれを指先につまみ上げ、じっと見つめる。
「・・このようなものでも・・・そなたを喜ばせる事ができるのであればわたしが与えてやりたかったのだ。」
不機嫌に、・・・・それでいて少し寂しそうに。
「―――メンフィス・・」
「そなたが物を欲しがる事などめったにないというのに。」
「なのに・・このわたしに黙って勝手に一人で注文など出しおって・・・こやつめ・・やはり許せぬ」
「ゆ、許せぬって言われても・・そんな」
「許せぬ。・・・やはり『これ』は罰として没収だ。」
「ええっっ!! あっ! ひどいわ!! やだ かえしてよっ!!」
「返さぬ。」
そう言ってすぐメンフィスは足早に執務室を出ていこうとした。
肩に羽織ったマントを大きくたなびかせ、さっさと扉を押し開ける。
「ちょっと待ってよ! メンフィスずるいわよ!前言撤回なんて!!」
速い歩調のメンフィスを慌てて後ろから追いかけた。
隣に取り付き、文句をいいながらメンフィスに抗議したが、メンフィスは我関せずのままでスタスタと歩みを止めない。
そして宮殿に沿うナイルの側までたどり着くと、メンフィスはひゅんっと手の中の物を放り投げた。
一瞬きらめく優美な放物線。
ぽちゃんっ
「ああっっ!!!」
水面の上で小さく水玉が跳ね、綺麗な波紋が周りにひろがった。
そしてそれを見届けるとメンフィスは側にあった気に入りの寝椅子に腰を下ろした。
「メ、メンフィス!!ひどいわっ な、なにも捨てなくってもいいじゃない!!」
「罰だと申したであろう。それにあれはそなたには必要ない。」
「ひ、必要よ。わたしが大切にしていたのは知っているでしょう。説明もしたじゃない。ロザリオはわたしにとって大事なお守りだって。」
「・・・・・・・ああそうだな。だから『あれ』はいらぬゆえナイルに返したのだ。」
「もうっなに訳の分からない事いって・・」
「うるさい」
ひたり・・とキャロルの頬にメンフィスの手がそえられた。
「!」
「キャロル・・・」
「・・な、なによ」
「・・・・・・・・・・・どんな『ロザリオ』が欲しい?」
「え?」
「銀とあの形の他に何か決まりごとがあるならば申せ。それに本来はもっと大きなものだったのであろう?ならば母女神がそなたに与えたものと同じものをそなたに贈ろう。」
「メンフィス?!」
「今決めた。そなたのロザリオはわたしが贈る。そなたの守りとなる物ならば尚のこと、わたしからそなたに与えたい。」
「・・・・・メンフィ・・」
「そうだな・・・明日までに母女神のロザリオの図を詳細に描いておけ。わかったな。これは命令ぞ。」
目をぱちくりとしばたかせるキャロルの唇にメンフィスの唇が重なった。
腕を思い切り引き寄せられ、バランスをくずしてカクンと床にひざをついたところをおかまい無しに。
いきなりの濃厚な口付けにクラリと意識が飛びそうになる。
「よいな。」
「ご、強引よ・・・・メンフィスったら//// 」
「否はなしだ。わかったらその鹿目面はよせ。」
「だ、だって・・・」
「・・出来上がるまで少し時間がかかるかも知れぬがそれは許せよ。」
ぽんっと軽く頭をなぜられる。
同時に向けられた小憎らしいほどのメンフィスの破顔一笑。
・・一体どんなロザリオを作ってくれるつもりなのだろうか?
とんでもなく豪奢な物品が用意されてしまうような予感もするが・・このメンフィスの自信満々な様子を見つめていると恐いもの見たさな好奇心もぽろりと心に転がり出してくる。
メンフィスがキャロルには弱いといわれているが、キャロルもメンフィスにはとことん弱いのだ。
強引に甘く魅惑的な声で囁かれてしまったら、怒っていた気持ちなど本当にどこに行ってしまったのやら・・
古代のファラオが・・ロザリオをくれるという
メンフィスを見つめていると・・
なんだかお土産を待つ子供のような気分にさせられてしまった。
ふっと一呼吸。
ひざをついたまま小首を傾けてメンフィスを斜めに見上げる。
「――――― 仕方が無いわね。じゃあ待ってあげてもいいわ・・」
すっと両腕をのばしてメンフィスの首筋に絡めた
流れ落ちるさらさらとした綺麗な黒髪の感触が腕にとても心地いい。
「・・・・楽しみにしてる。貴方がくれるロザリオ。」
守り抱くように、メンフィスの腕にきゅっと力が込められた。
Fin.
愛の奥宮殿へ