愛の奥宮殿へ  

chapter 10

〜 小さな夢 〜


くるりっ

唐突にキャロルは隣のメンフィスを見上げた
「?」

雑踏の中はしゃぐキャロルを、メンフィスは内心穏やかならぬ面持ちで側について歩いていた。
テーベ市街の商人の集う一角
キャロルはこういった人の行きかう賑やかで雑多な場所が好きだ。
事あるごと、近くを通るたび足を伸ばしたがる。




『つれていって

そうねだられるたび眉間に皺をよせてしまうのだが、最後には結局押し切られてしまう。
キャロルの方も心得ていて、夕刻に近かったり緊急の所用が控えている場合は決してそんな我侭は言わない。無茶なことは言い出しはしないが・・・・だが・・
そうではない場合・・・・ こちらが拒む理由がない時、キャロルの悪戯な瞳が光る。

『またか・・・?』
『・・・・・・・・・だめ?』

危険だといったところでキャロルは聞かない。
・・・・・というよりも 自分が辛い思いをしたくないからつい許してしまう。
以前、何度かキャロルの願いを危険を理由に拒んだこともあるのだが、(その時は状況的にしかたなかったのだが・・)なぜかそうしたあと、後悔してしまうのは決まって自分なのだ。
妃の落とす、がっかりしたほんの小さな溜息。
別に自分が悪いことをしたわけでもないのに、ずっと胸に針が突き刺さっているかのような痛みが残るのだ。
・・そんな後味の悪さにさいなまれるくらいなら―――

無言で馬首をそちらに向ける。
好奇心のかたまりのような、その嬉しそうな笑顔。
はしゃぎだす心をたしなめるように、自分のもっていたフードを頭からかぶせてやる。
そなたは賢く美しい
だが、それを市井にむやみに見せびらかすことはしたくない
ましてやあそこには外国の商人どもにまぎれて間者も多くいよう・・
人目を引く髪を隠すようにしてフードごと抱きしめる
『よいか・・』
『「決して側を離れるな」・・でしょう?わかっているわ♪わかっているわよ♪約束する。』
『・・・・・・』
小さな溜息が返事のかわりにキャロルへ届いた。

メンフィス自身気づいているのかいないのか
この王にそぐわないほどのその困ったような微妙な表情
勇猛果敢で恐れられるファラオが、ふとかいまみせる人間らしい一面

(ほんとうにキャロルさまには弱くていらっしゃる・・)
ミヌーエはそっと笑みをもらす。
―――側に仕える者だけが見ることができる特権でしょうね。
世の人々には想像もつかないだろう。
普段激情苛烈な主君が、妃であるこの小さな娘に振り回される現象を目にするたび、彼の頬には苦笑を含んだ優しい笑みがよぎる。




見上げたキャロルがすいっと手を伸ばす。
メンフィスは目をみはった。
「うふっ♪」

心配そうに見ていたメンフィスの腕に、するりと華奢な腕が巻きついた。
「・・・・・・・・・」
無邪気にすがりつくように
「これで大丈夫よねっ♪迷子になったら大変だもの。 さ、いきましょう♪(ワクワク)」
ぴったりとからみ寄せられた腕に、歩くたびふれ当たる柔らかなふくらみ・・
瞬時に熱くなる自分の鼓動
(―――― まったく・・そなたというヤツは・・)

   愛しくてたまらぬ・・・

雑多に並ぶあらゆる商品や商う人々
珍しい動植物 遥か遠国の特産品
それを本当に嬉しそうに見ては、自分に向かって興奮気味にはしゃいで話す。
夢中になると周りが見えなくなってしまう困った妃
ずり落ちそうになっていたフードにも気づかずにいる。

「キャロル」
「え?」
ぐいっと引き寄せ布を深くかぶりなおさせる。
「あ・・ああ・・・・ご、ごめん・・・・・・え・・え?」
フードを直すように布をひっぱり、キャロルの顔をのぞきこむなりメンフィスの唇が重なった。
「・・・・んっ!!!」
「・・・・・ぼんやりいたすな。気をつけよ。」
してやったりといわんばかりに一瞬にやりとメンフィスの口角があがる。
真っ赤になったキャロルの顔
今の一瞬を誰かに見られたのではと感じて慌てて顔を伏せる。
メンフィスの胸元に――。

「もうっ!」
「なんだ?」
「・・・・・・ううん。・・・いいの・・・なんでもない。」
「そうか?」
「ねぇ・・」
「ん?」
「・・・時々でいいから・・また連れて来てくれる?」
「・・・・・・・・条件があるぞ」
ささやかれた言葉に真っ赤になりながらもキャロルは小さくうなずいた。

メンフィスの腕が改めて少し上げられる。
当然のようにキャロルがその腕に手を絡めた。
そこは彼女だけに許された限りなく最上の特等席。

雑踏の中に幸せな笑い声が溶けてゆく

―――ただ一緒に歩くだけで嬉しいのよ。ねぇそれがわかる?メンフィス?

同じものをみて 同じ時を過ごし 同じぬくもりを感じあう
寄り添い歩く恋人たち
愛しいメンフィスが隣にいて・・腕に幸せを絡めゆっくり歩く
夢にまで見た甘いデート
キャロルの浮かべる微笑みは、まさに輝かんばかりだった。


Fin.









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