愛の奥宮殿へ
『出会った頃の食事風景』
Presented by みんみんまま様
「ねぇ、もっと食べなよ!」「そうよ。もっとお食べなさい」
「うん・・ありがとう」
現代よりここ――古代エジプトに連れ去られこの親子に助けられた。
ゴセン村に住むセフォラとセチ。
彼等は見ず知らずの自分に、何者かもしれない自分に本当に優しくしてくれる。
現に今も――
今までの生活からは想像できないようなこの食卓。
食事は配給制だという。二人分のパン。粗末な・・・僅かな食べ物。
それを補うべく隠れて狩をしている時に自分を見つけたのだという。
自分の置かれている状況にまだとても食欲なぞなかった。
けれど自分を気遣い懸命に食事を促す二人に・・・涙がこぼれ、自身も懸命にこの二人の気持ちにこたえようとした。
わたしが見つかったらこの二人自身もただでは済まないのに。
この食事も本当ならこの人たちの分としても足りないかもしれないのに・・・
わたしはここにいていいのだろうか?
どうしよう・・・どうしたらいいんだろう・・・
早く現代に帰らなくては。あぁ、皆どれだけ心配していることだろう・・・
帰りたい・・ママ、泣いてるかなぁ・・・
「食べぬのか!?」
鼓膜が振動するのが自覚できるほどの怒声。
これで何度目だっけ、怒鳴られたのは――
数日前とは打って変わった天地の食事―――たぶんこの世界においては豪勢なものなんだろうなと思考の片隅で感じていた。
無論そうであろう、この国の頂点に立つ者の食事だ。何者にも見劣りするはずがない。
が、自分にとっても当たり前の風景である。むしろいままでの家族と囲んでの食事のほうがずっと豊かだったわねと・・・つい険を含んで思ってしまう。
大体、食べろといわれても、とても喉を通るような心境ではない。
特にこの男の前でどうやって食べ物を味わえというのだろうか?
腹だたしい―――自分の人権を無視するこの男の前で。
数日前、とうとう捉えられてしまった―――あろうことかメンフィスという名を持つこのファラオに。
連れてこられたエジプト宮殿。
富豪に生まれ育った彼女自身にもそれは豪奢に見える―――筈だった。
なんでこんな事に・・・頭の中で何度も何度も繰り返す。
私はちょっと前まで普通の高校生で学校に通っていたのよ。
早く帰らないと授業に遅れちゃう。
思考に留まっているとまた怒声が響きわたる。
「そなた聞いておるのか!まったく口にしておらぬではないか!! 」
ファラオ本人は自覚などしていないであろうが食事の量がとにかく少ない彼女を彼は心配していたのだ。
そんな些細なことまで気になるのは何故なのか、本人は知る由もない。この毛色の変わった娘に対してだけ―――
「奴隷の食事のほうが良いと申すのか?!」
「そんなこといってないわ。ただ・・・・」
「なんだ!!」
「一々、怒鳴らないで!食事は静かに摂りたいわ。手づかみは・・・ちょっと慣れていなくて」
「?」
「あの・・・小刀を貸してもらえるかしら?」
ナイフもスプーンも無い食事作法に彼女は戸惑っていたのだ。
いままで当然にしていた当たり前のものが無い。
こんな小さなことが一つ一つ彼女の不安を増長させていくのだった―――
至極当然であるが、文化のレベルも質も違うのである。
蛇口をひねればお湯が出ていた今までの生活。ボタンを押せば華やかに電気の照明がつく。清潔と便利。現代においては至極当たり前のことだった。
そんな生活を日常にしていた自分に「宮殿に居住し、水浴びではなく湯浴みさせてもらえる身分」といってそれがなんだというのだろう。
「ファラオのお気に入り」その呼ばれようが殊更に胸を抉る。
誰の事だと叫びたくなるのを必死でこらえる。
例え、ゴセン村からつれてこられた他の奴隷娘ならば小躍りするような生活であっても・・・自分は違うのだ。
大体あんな風に無理やり連れてこられて感謝しろというのも筋違いであろう。あぁ、まったく腹が立つこと著しい!!
・・・もしや慣れなくてはいけないのだろうか?この生活に。もう、あの家族の元にもどれないのだろうか?絶対に嫌だ。負けるものか。
益々、彼女は黙々と思考の深海に沈みこんでいく。
隣に座る貴人は自分を無視するその行為を許すはずも無く、また広い居室に音声が響き渡るのだった。
果物を器用に切り分けて小口に運ぶ姿をみて、女官長のナフテラの疑問は増すばかりだった。
・・・この娘の品の良さはなんであろうか?
奴隷の粗野さ・下品さなぞ微塵も感じられない。
まるで王室の者ような立ち居振る舞い・・ファラオの傍にあってなんの遜色も無い―――気品すら感じる。この王家に長年仕えてきた私でさえも。
もしや我等の知らぬ国の貴人であってもおかしくは無いが・・・王姉のアイシス様はこの娘を嫌っておられるようだがあの貴人が奴隷娘を気に掛ける事事態普段では考えられぬことではないか。
本当にどこからきたのであろうか?
何者なのであろうか―――
主の機嫌を持ち上げようとその華奢な娘に声をかける。
「今日も暑くなりますよ。この涼しいうちに少しでもあがりなさい。ね?」
「・・・朝食は苦手なの。ばあやにもよく怒られていたのよ。」
「生意気を申すな!!まったく小癪なことばかりだな!」
「!」
むぅ〜〜じゃぁ、一人で食べればいいじゃない!なんで私をここにおくのよ。
命令しておいて何よ。本当に理不尽だわ。古代のファラオなんて我侭で大っ嫌いよ!
声に出して言えない自分が口惜しい。が、あまり逆らうと捕らえられているセチに矛先が向きそうで怖かったのだ。
自身はとにかく彼の身に危害を加える原因を作ってはならない。
セフォラもどうしているだろう?自分に関わったばかりにたった一人の彼女の家族、セチをあんな目にあわせてしまった。
これ以上迷惑は掛けたくない。あぁ、早く彼を逃がしてあげなくては。
こんなところで暢気に食事をしてはいられない。様子を見に抜け出そう。
改めて彼女は思う。私は私だ。何処に居たって由緒あるリード家の娘。こんな運命の悪戯に負けないからっ!!
「ごちそうさまでした!!」
虚をつかれ、呆気にとられる黒土の王を残して胸で手を合わせて彼女の礼法に則った食事終了を高らかに宣言したのだった。
Fin.
